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 意識が霞の底から浮上した。夢を見ていたようだ。

 あの子供…… 片耳を削がれた男児を思い出す。大昔の記憶だ。

 あの子供はその後どうなった? 殺したのだったか。男色の玩具おもちゃにしたのだったか。それとも一人前の人殺しに仕上がったか……

 重層し錯綜する記憶は曖昧だ。

 ふっ、と口を歪めた。たかが子供一人。直接、間接に殺した数は万に及ぶ。その内の一人がどうだというのだ。

 ――ワタシはいつからに居るのだろう。それを考えると、さざ波のように思考が揺れた。さざ波が不快で、いつも考えることを止めた。止めてどのくらい経つのか。悠久の時間が過ぎたように思える。

 悠久がワタシの年齢なのだ……

 ワタシは父母をもたない。知らぬうちに存在を始め、現時点でに居る──ただそれだけのことだ。

 躰の下で女が死んでいた。激しいを受け、男の欲情を浴びせられて絶命したのだ。

 愛した? 冗談だろう。欲情を解き放つためのだけが行われたのだ。

 どの女も生きてしとねを出ることはないが、今夜のは少々荒ら過ぎた。女は原形をとどめていなかった。

 赤黒くナマ温かい湿地と化した床を出て、男は冷水を浴びた。凝固しかけた血液の付着物が流れ落ちる。排水口へ赤い渦を巻いた。

 が荒ら過ぎた理由わけを男は知っている。

 思いどおりにならないモノが、まだこの地上にあるからだ。そのことに、いら立っている。

 ──あの目。あの〈太母〉の目が脳裏に焼き付いて離れない。を消し去ろうとして荒れたのだ。

 あの、ただ見つめるだけの、反吐が出そうな、目。

 思い出すだけで悪寒が背筋を伝う。

 あの目は危険だ。ワタシをいら立たせる……狂わす……壊す……

 あと少しだった。あと少しで、あの女の細首に手が届いていた。

 届いた瞬間、マッチ棒のようにへし折ってやったものを。

 取り逃がした女の顔が思い浮かぶ。おのれの失態に歯噛みする。ギリギリと音をたてる。

 まあ、よい。じきに、また出遭うだろう。

 そんな未来が確定しているように感じる。

 鋼鉄の彫像を思わせる筋肉体は、浴室を出てローブを羽織った。

 しとねの跡片付けをしている。人格を奪われた、黒一色のボディスーツと全頭マスク。ボディラインは男性だ。

「おい、オマエ」呼びつけた。

 はい──即座に直立不動の姿勢をとり黒子は応える。

「男でもよい。まだ足りぬ。相手をしろ、すぐだ」羽織ったばかりのローブを投げ捨てる。

 はい。

 それが運命と知り、黒子はマスクを外し、貼り付く黒スーツを脱ぎ始めた。

 美丈夫だ。もっとも、美しい者しか側に置かない。

 取り替えの済んでいない赤く湿ったしとねに、更なる血を吸わせるため、美丈夫は躰を横たえた。震えるのは恐怖より歓びのせいだ。

 王に命を捧げる歓び。

 王――リウの下腹には、いら立ちが変容した欲情が、既に充填されていた──

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