第5話 卑弥呼タン、追放理由を語る

 ぴょこぴょこ。俺の目の前にある茶色のケモ耳が動く。動くということは、これは付け耳ではなく本物の耳だということだ。確かこれ「天耳」とか言ってたっけ。


 現在、ヒコマロは食べられる野菜や果物を探すため外出中。モンローはヒコマロが捕まえてきたイノシシ肉を捌いて料理中、僕は手伝いとして薪を拾い集めていた。


 たくさんの枝を集めて火の近くに置くと、火の近くでちょこんと座っている卑弥呼タンの耳が見えたというわけだ。


「ねえ、卑弥呼様?」

「ほほほ〜 妾は最強〜」なんだか呑気な鼻歌を歌っている。


 ちょっとイタズラ心が出てきた僕は、卑弥呼の後ろにこっそり回り込み、ケモ耳に近づくと、大声で叫んだ。


「ひみこターン!」

「うひゃおうっ??」


 予想以上にビックリして飛び上がる卑弥呼は、飛び上がった勢いで転び、さらに斜面になっている丘の下までゴロゴロと転がり落ちてった。


「たすけえええええぇぇぇぇ……」

「ヤバい、卑弥呼タン!」


 まさかあんなにビックリするとは。僕は急いで斜面を下るが、卑弥呼はそのまま斜面の途中にある大木の幹に激突。そのまま伸びてしまった。

 ありゃりゃ、卑弥呼タンは本当に神に愛されたドジっ子だねぇ……


 ◇◇◇


 夕食は木を掘り出した器に、猪肉を塩で味付けした焼き肉、ヒコマロが見つけてきた山菜とミカンの盛り付けという、まあこの時代にしてはマシだろと思えるものだった。で、その味付けはというと?


「……あれ? すごくウマイです! モンローさん、これ美味しいです!」

「お口にあったようで良かったですわ、スサノオ様」

「私が採ってきた山菜もミカンの汁で苦味が消え、まるで森の宝石箱みたいです」

「ヒコマロ様の新鮮な食材あってこそですわ」


 卑弥呼は食事が始まった時は、まだムッスリと怒っていた。

 だが肉を頬張り、山菜を口に入れ、再度肉にかじりついた頃にはすっかり機嫌が直っていた。


「うぐうぐ、ウマイのう、肉のおかわりはあるか?」

「ございますわ、卑弥呼様。たんと召し上がれ」


 卑弥呼タン、細くて小さい割に結構食べるんだな。食べ方はあまりお上品ではなく、口にものを詰めながら食べるタイプで、なんだか欲張りハムスターみたいだけど、それも結構カワイイぞ。


 さて、この機会に聞いておきたかったことを聞いてみようかな。


「卑弥呼様、その『天耳てんじ』についてお聞きしたいのですが」


 卑弥呼は肉をさらに頬張りながらジロリとこちらを見たが、別に機嫌は悪くないらしい。


「なんら? ほうひてひよ」

「なんだ、申してみよ、と卑弥呼様はおっしゃってますわ」


 すかさずの通訳、助かるぜモンローさん。


「その『天耳てんじ』はどんなチカラがあるんですか? 他の方にはついていないようなのですが」


 卑弥呼は頬に溜めていた食物を一気にごくりと飲み込むと、笑顔で言った。


「当たり前じゃ! これは巫女の中でも『天の声が聞こえる特別な巫女』のみが持っているものじゃからの」

天耳てんじを持って生まれたからこそ、卑弥呼ちゃま……ゴホン、卑弥呼様はヤマタイの筆頭巫女たられておるのだ」


 エヘン、とまるで自分のことのように得意げなポーズで補足してくれるヒコマロ。フォローありがとよ、でも君、なぜ「ちゃま」を付ける?


 チラッ、チラッと卑弥呼を見るヒコマロ。なんだか、褒めて欲しそうだが、そんな彼の素振りには一向に気づかず巨大な肉を再度頬張る卑弥呼。


 まああれだな、これまで見た感じで想像するに、ヒコマロは卑弥呼のことが好きらしい。「ちゃま」呼びは、いつも心の中で「卑弥呼ちゃま〜」と呼んでいるから、つい言葉にでも出てしまうのだろう。


 だが卑弥呼の方はまったく関心がなさそうだ。報われないな、ヒコマロ。


「神の声って、いつでも聞こえるんですか?」

「チッチッチッ、これだから素人は困るのう」


 肉を噛み砕きながら、ドヤ顔の卑弥呼が言う。こいつ、可愛くなければたまにぶっ飛ばしたくなる性格だなぁ。


「天におられる神は気まぐれじゃ。重要な時以外、天の声が聞こえることはない。まあ、年に一度あれば良い方じゃな」

「あ、そんなもんなんですねー」


 あまり役に立っていないんですね、と付け加えるのは自粛しておこう。


「卑弥呼様、もう一つ伺ってもよろしいですが?」

「今の妾は満腹で機嫌が良い。構わんぞスサノオ、申してみよ」

「あの、卑弥呼様はヤマタイをなぜ追放されたのでしょうか? で、修行って具体的に何をするのでしょうか?」


「なぜ追放」と僕が言ったポイントで、3人の動きがピタリとフリーズした。

 あれ? 確か追放されたって卑弥呼が自分で言ってたよね?


「ま〜、そうじゃの〜。追放と言えば、なんだか表現がキツイのう? どっちかというと、妾にもっと力をつけて欲しいから、とりあえずヤマタイから出ていって修行を重ねて欲しい、そんな親心もかすかにあるのでは無いかのう?」


 なんだか言葉が怪しくなってきた。


「何か、とんでもない失敗をしでかしたとか?」


 ピタリ。再び卑弥呼の動きがフリーズした。これ、ビンゴだわ。


「え、ええ。卑弥呼様はチカラが大きくていらっしゃるから、ちょっと間違えた法術を使うと、村が半壊しちゃいますしね」

「そ、そう。卑弥呼ちゃ……様は、重大な儀式の時で、意図せず居眠りされることもたま〜にあるので、慌てて起きて間違った法術を使うこともありますしね。いえ、悪気はないんですよ、本当に」


 もういい、二人のフォローで全てがわかった。


「つまり、ヤマタイの重要な儀式で、卑弥呼様は居眠りして、慌てて本来使うべき法術じゃない術を使い、儀式だけでなく村まで半壊させ、罰として追放されたということなんですね」


「お、お主! 妾が秘伝・玄武でヤマタイをぶっ壊したところをすべて見ておったのか? スサノオ、お主はもしや、クナの『影』ではあるまいな?」


 そんなワケないでしょう……俺は反論する気も失せ、ガックリと項垂れた。


「大体わかりました。で、修行って何をするんですか?」

「ふむ。それなんじゃがな」


 卑弥呼は腕を組みながら言う。


「ヤマタイの村長むらおさが言うには、ヤマタイには昔から『天から降る星を操る法術の使い手』が、この『なら』の地のどこかにいると言い伝えがあるそうじゃ。その使い手を探し出すまで、ヤマタイには戻るな、と言われておる」


 天から降る星……隕石か? 聞く限り『メテオ』みたいな魔法を使う奴がいるのか? そりゃスゴイな。


「で、その相手はどこにいるんですか?」

「もう1年も探しておるんじゃが、今までに上げた成果は一つもないぞ!」


 なぜか自慢げな卑弥呼。だめじゃん、帰れないじゃん、自分の国。

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