第3話 卑弥呼タン、威張る

 目を覚ますと、僕は身体中びしょ濡れだった。寒い、いくら春とはいえ、全身ずぶ濡れ状態は、寒い。全身に震えを覚え、僕は立ち上がった。


 ムニュ。

 地球上の全男子が憧れる擬音とやわらかな感触が、僕の顔全体に広がる。


「あらまあ、お目覚めですの?」


「ムニュ」の正体は、身長の高い美人さんだった。

 今はしゃがんでいるが、多分170センチは下るまい。大きいのは身長だけではない。はち切れんばかりの臀部でんぶ、月曜日でもないのに、たわわな胸部。


 その顔は、僕独自の美女スカウターによると、なかなかの高得点だ。91点あげてやっても良い。喜べ美女、僕が90点以上の評価をすることは滅多にないんだぞ? 顔だけだと90点だが、そのセクシーなタレ目にプラス1点だ。


 そんな91点美女のたわわな胸部が、僕の顔全体に広がっている。

 嗚呼、母なる大地よ。その胸に、我ら人の子の喜びはあるのだ。思わずそんな合唱っぽい曲をテノールパートで歌いたくなるほどの歓喜が僕の胸に去来する。


 だがその歓喜は「スパーーーン」という音と衝撃によって遮られた。

 どうやら僕の後頭部が、スリッパのようなもので思いっきりはたかれたらしい。振り向くと、ヒミコが憤怒の表情で、右手に草鞋わらじを持ちながら息を荒くしていた。


「ヒミコちゃん、何でいきなり叩くんだよ? しかもさっきのアレ、危うく死にかけたぜ?」

「そ、それは……すまなんだ。じゃがな!!」


「すまなんだ」までガックリとうなだれ、「じゃがな」で激ツンモードに変身。この子、感情の起伏が富士吉田市のジェットコースター並みに乱高下するなぁ。


「お主、妾のしもべに、なにゆえ破廉恥なことをしておるのじゃ?」

「あらまぁヒミコ様、これは事故ですのよ。じ・こ♡」

「そうですよヒミコちゃん、これは事故なんだよ、じ・こ♡」


 スパーーーーン!!

 今度は正面から頭を草鞋わらじで叩かれた。

 一向に話が進まないので、このあと10分近くにわたって説明された内容を簡単に記しておこう。


 このセクシー美女は、ヒミコの側仕そばづかえで、名前は「桃路娘ももみちのいらつめ」。名前が長いという理由で、ヒミコは「モンロー」と呼んでいるという。なんでマリリンやねん! 卑弥呼のボケと僕のツッコミだけで10分かかってしまった。


「妾の側仕えはあと一人、男がおるのじゃ。そいつは昨晩から狩りに出ておる。もうすぐ戻ると思うんじゃがのう」


 どうせその男にも変な名前をつけているんだろうな。なにせ僕は「彗士郎すいしろう→スサノオ」だし「桃路娘ももみちのいらつめ→モンロー」だもん。一体どんな法則やねん。


 いや、ちょっと待った。ここで情報を整理しておかないと。僕はこれまで、いろんなことをスルーしすぎている気がするのだ。俺は教室の生徒よろしく、右手を大きく上げた。


「はい、ヒミコちゃん、モンローさん。何個か質問があるのですが?」

「はい、そこのおチビさん、どうぞ」


 イラっとしたが、また話が進まなくなるのでスルー推奨でいくことにした。


「ひとつ。ここは、どこですか?

 ふたつ。ヒミコさんは何者ですか?

 みっつ。さっきの青い龍から水が出たのはなぜですか?

 順番にお答えください」


 ふむ、そうじゃの。とヒミコは腕を組み、難しい顔をしながら答えた。


「ひとつめ。ここは『なら』と呼ばれる地じゃ」


 なら、ね。確かに俺がいた古墳は奈良県の古墳だ。でも、こんなに何もない、山と平原が広がる場所では無かったけどな。


「ふたつめ。妾は、ヤマタイの筆頭巫女見習いじゃ。今は追放されて『なら』の地で修行をしておる」


 ヤマタイ、ね。そうか、巫女見習いなんだ。で、追放されたちゃったんだね。うんうん。


「みっつめ。さっきのは、巫女のみが使える『法術ほうじゅつ』じゃ。青龍せいりゅうは春を表す神獣での、地勢は川を表すため、大量の水を流すことができるのじゃ」


 なるほど、法術ほうじゅつか。あー、あれね。うんうん。

 さっぱりわからない。わからないけど、全ての情報をプラスして掛け算して暗算すると、それほど頭がよろしくない歴史バカの古墳オタクでも導き出せる答えがある。


 つまり、僕はなぜか古代の日本で、歴史の教科書に必ず載っている謎の女王、卑弥呼の若い頃と出会っていると。なんど割り算しても引き算しても、それ以外の結論は導き出せない。


「これってヤバイよ僕! 助けて、卑弥呼タン!」

「タン? それは何じゃ? 妾がカワイイということか?」


 なんで自分に関することだけ、急に的を射る答えが導き出せるんだよ! しかもなんだか自分で言った後にモジモジしてるし。まあ確かにカワイイけどな。そのモジモジ仕草に免じ、1点プラスして94点にランクアップさせておこう。


「よくわからんけど、わかった! スサノオ、お主も妾のしもべとしてやろう。一緒に修行して、いずれ共にヤマタイに戻ろうではないか」


 ふんぞり返って腕を組む卑弥呼。

 その『ヤマタイ』って、きっと邪馬台国のことだよね……これ、確定だわ。古代だわ。タイムスリップだわ。剣と魔法の世界の日本版だわ。


 かくして僕は、見習い巫女である卑弥呼タンのしもべとなったのである。

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