それヤバいよ?卑弥呼タン! 〜ニッポン国造異聞録〜

キサラギトシ

第1話 卑弥呼タン、自滅する

「喰らうのじゃ! 秘伝・朱雀すざくの術!!!」


 卑弥呼ひみこがそう叫ぶのと同時に、彼女の手から光の粒子が天に飛び出した。粒子はやがて朱色に色を変えると、さらに形を変えて『鳳凰ほうおう』の姿に変化していく。


 田んぼで泥まみれになりがら、その様子を見ていた僕、竹早たけはや彗士郎すいしろうは、大きく顔を歪めた。


「(こ、これは非常にマズイよ卑弥呼タン。なんでこの場で『朱雀の術』をチョイスするかなー?)」


 ゴボゴボゴボ……ゴボゴボ、ゴブッ!


 僕が倒れ込んでいる田んぼの地面から、無数の大きな泡が浮かんでくる。もちろん、この田んぼだけではない。卑弥呼がポーズを決めたまま立ち尽くしている田んぼからも、卑弥呼と僕を取り囲む『クナの兵士』たちがいる田んぼからも。


 まるで湯が沸騰するかのように、無数の泡が湧き出ている。


「ヤバいよ、卑弥呼タン!」


 僕は力を振り絞り、倒れていた田んぼから体を起こし、卑弥呼の元へ駆け寄った。


「ヘッ? 何がヤバいのじゃ?」


 卑弥呼のその言葉がまるできっかけとなったかのように、地面から無数の泥の柱が吹き出した。その寸前、僕は卑弥呼にタックルし、田んぼからあぜ道へと脱出させた。


「ぐああああああ!」


 10人ほどの男たちの絶叫が周囲に響いた。

 泥の柱に飲まれたクナの兵士たちは、泥の水流に飲まれ、やがて一人ずつ地面に落下していく。どうやら、気絶しているようだ。


「ふう、間一髪だったな」


 だが、彗士郎にタックルされてその下敷きとなった卑弥呼は、ワナワナと体を震わせ、顔を真っ赤にして叫んだ。


「お主! わらわの乳房からその手をどけんかい!」


 見ると、僕の右手は卑弥呼の左乳房を握りしめていた。

 いや、それだけではない。

 僕の左手は、卑弥呼の右乳房を握りしめていた。

 なんてラッキーな。いや、違うぞ!


「こ、これは、わざとじゃないよ、卑弥呼タン!!


 卑弥呼は天高く右手を上げると、大きく弧を描いて僕の左頬を張った。

 ピッシャーーーーン!!!

 これぞ理想的なビンタ音と言わんばかりの乾いた音が周囲に響き渡った。


 イタタタタ。あまりの痛さに僕は目を閉じて左頬を押さえる。ほんと、いつも容赦ないよな、こう言う時の卑弥呼って。


「何故にお主は、このような破廉恥はれんちなことを、いつもするのじゃ! みんなが見ているところでは恥ずいと何度も言ったではないか?」


 あれれ、なんだが発言がおかしいぞ?


「卑弥呼タン。じゃ、みんなが見てなければ、触っても良いのですかね……?」

「なっ……なんじゃとー!? そんなワケなかろうがーー!!」


 これ以上ないぐらいに顔を真っ赤にして、怒り出す卑弥呼。相変わらず、カワイイ。だが次の瞬間、僕と卑弥呼にこれ以上ない悲劇が襲いかかった。


 どっぽおおおおぉぉおん。


 天から、巨大な泥の塊が次々と降り注いできた。マズイ、これ窒息しちゃうよ。だが泥の塊が降り注いだのは10秒程度。やがて周囲には卑弥呼が術をかける直前と同じように、再び春の陽光が降り注いだ。


 もちろん、卑弥呼も僕も全身泥まみれ。服はおろか下履きのフンドシにも泥が入り込んでいる感触が、実に気色悪い。


「卑弥呼タン、だから『朱雀の術』をかける時は場所に気をつけて、って言ったじゃないか……」

「……すまぬの、スサノオ」


 卑弥呼は僕を呼ぶ時、彗士郎すいしろうとは呼ばず、スサノオと呼ぶ。


 そう、このお話は日本史で登場する謎の女王・卑弥呼と、彼女にスサノオと呼ばれる僕の物語。

 日本史から消えた「空白の150年」の時代のお話である。

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