ラストバトル(3)

「そいつはさっきの御礼だ、クソったれ! 今度は首を刈り取ってやるからな! 覚悟しろッ!」


 次の攻撃のために、おっさんが全身に力を溜める。獣毛ごしでも首や腕の筋肉が盛り上がる様子がハッキリとわかった。

 それでも、こちらの戦況は不利だった。いつダ=ズールが全体攻撃を仕掛けてくるかわからない。みんなの体力は疲弊しているし、魔力だって枯渇している。

 あっちのパーティーも回復アイテムは無さそうだ。まさに万事休す……。

 ううん、あきらめちゃダメだ!

 おとなしく殺されてたまるもんですか!

 あたしだって光の戦士なんだ!

 魔法が使えなくったって、立派に戦える!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 あたしは飛んだ。

 このラストダンジョンで開眼した駿足を活かして、駆けるように両足をばたつかせて飛んだ。

 めざすゴールは、大邪神ダ=ズール。

 あたしだって戦える。

 戦えるってところを、みんなに見せてやる!


「でぇりゃあああああああああ!」


 ダ=ズールの近くで杖を振りかざす。一撃分の凄まじい雷鳴が辺りに響きわたると、怯む代わりに、殺気に満ちた鋭い視線をあたしに向けた。


「ロア! 後ろに戻れッ!」


 その一瞬の隙を突いて、マルスが毛髪だけが残った側頭部を斬りつける。

 砕け散る頭蓋骨の雨。

 脳ミソらしき内容物も、あたしの身体に降りそそぐ。


「うえっ?! ぺっぺっぺっ!」

「ロア!」


 いつの間にかミメシスも最前列に現れて、瞬時に大鎌を魔力で錬成してあたしと並び立った。


「まったく、無茶をしおって……人間の考える事はわからんが、特別おまえは理解ができん」

「ちょっと! それってどういう意味よ!?」

「フッ、元気だけは有り余っているな。ここは我らに任せて、おまえはプリシラのそばにいてやれ」


 プリシラのほうを見ると、ひとりぼっちで不安そうな眼差しをこちらに向けていた。


「う、うん……ミメシスも無茶をしないでね!」

「……ああ、極力そう努めるさ」


 ミメシスの全身からキラキラと舞い上がる金色の粒子。

 その数はさっきよりも増えている気がする。


『グガァ……ハッ……! 身体が……身体が崩れる……こんな……こんなところで終わるわけには…………神だ……神になったんだ……ボクは神になったんだぁぁぁぁ!』


 ダ=ズールが吠え猛る。

 振り乱す腕に弾かれたマルスは飛ばされ、ミメシスも風圧を受けて吹き飛ぶ。

 強風があたしたちのところまで届いたけれど、お互いにしがみついてなんとか飛ばされずにすんだ。


「プリシラ、大丈夫?」

「わたしは平気。ロアこそ大丈夫?」

「あたしは──」


 そのときになって初めて気がついた。

 闇の波動の影響で、魔力が少しだけ回復していることを。

 ひとつだけなら、攻撃魔法が唱えられるかもしれない。少しでもダメージを与えられると信じて、一か八かやってみるっきゃない!


「──やれるかも!」

「えっ?」

「一度だけなら、今すぐに魔法が使えるって話よ!」


 すばやく敵に向き直ったあたしは、得意の火属性の攻撃魔法の詠唱を始める。


『地獄の業火よ……豊沃の大地を突き破り、我の前に立ち塞がる壁を燃やし尽くせ……』


 浮遊空間に地表の幻影が現れ、マグマの力で次々と亀裂が走る。


煉獄猛火炸裂魔法ジャッジメント・ギガ・フレイム‼』


 そして、ダ=ズールの足もとで一気に爆発した!

 噴き上がるマグマを全身に浴びたダ=ズールの身体が、真っ赤な炎に包まれる。


『グァアアァァァァァァッッッ!?』


 火を消そうと、大きな身体がもがき苦しむ。どうやら闇の究極集合体にも、あたしの火力は十分通用するみたいだ。


『おのれ……まだこれだけの力を使える者がいたのか!? ならば、おまえが先だッッッ!!』

「みゃみゃ!?」


 巨大な右手があたしに襲いかかる。

 こんな速度、よけられっこない!

 せめて痛くないように死にたいと、心が折れかけたそのとき、おっさんが身代わりになって背中から切り裂かれた。


「ブルファッツ?!」

「おっさん!!」


 かつての仲間の鮮血が、あたしの顔や素肌に飛び散る。

 おっさんは目を見開いたまま、あたしに覆い被さって一緒に倒れた。景色がさらに暗くなり、マルスたちの叫ぶ声が聞こえる。


 血のにおいがして──。


 あたたかくて──。


 おっさんの身体が重くって──。


 なにが起きたのか、状況を数秒間よく理解できないでいた。


「ロア……無事か……?」


 今にも絶えそうな呼吸。それなのにおっさんは、震えながらも、あたしの身体から離れてすぐにまた横たわった。


「おっさん……なんで? どうしてあたしを? もう仲間じゃないのに……」

「ははは……冗談は顔だけにしろ。たとえパーティーから離れても、ワシたちは光の四戦士だぞ? ひとつの絆で結ばれた戦友ではないか……」

「そんな!……そういうふうに思っていてくれてただなんて、全然知らなかった。てっきりあたし……おっさん、ごめんなさい。お願いだから死なないでよ!」 

「ブハッ、ゴホッ……ワシは誇り高き人狼族ワーウルフの戦士、死など恐れん。ロア……この先になにがあっても、前を向いて……強く生きろ……よ……おまえなら……きっと………………」

「おっさぁぁぁぁぁぁん!」


 おっさんが死んだ。

 あたしをかばって、死んだ。

 光の戦士ガルラスは、優しいで虚空を見つめたまま死んでしまった。


「ロアお嬢様、戦闘はまだ続いております……どうかお気をしっかり持ってください。彼の死を無駄にしてはいけません、生きるのです」


 いつものように気配を完全に消したセーリャが、あたしのそばに立って言う。


「そんなこと言われなくたって……だけど、あたしたちは冒険中に三回死んでるから、転生ができないのよ!?」

「彼の魂は安息の地へと向かいました。無に還るとしても、やすらぎを得たのです。誰にでも死はやって来ます。これは運命だったのです。ロアお嬢様が関わらなくとも、同じ時刻に別の理由で死んでいたでしょう。それこそが死、逃れられない運命なのです」


 セーリャは言葉の最後に「さぁ」と付け加え、手を差し伸べてくれた。

 あたしは無言でその手を取り、身体の向きを立ち上がったような姿へと変える。そのときに、涙を浮かべるプリシラとちょうど目が合った。

 苦楽をともにした仲間の死──プリシラだって辛いはずだ。

 あたしたちはなにも言わずに、ただ抱きしめあう。

 そして、戦いの行方を見守った。


「マルス、オレはおまえに賭けるぞ!」


 ダイラーはそう叫ぶと、補助魔法を唱えてマルスの攻撃力を倍増させる。


「オレたちがおとりになる! 外すなよ!」


 ヴァインとミメシスのふたりが、ダ=ズールを左右から挟撃ちにするみたいだ。


「ありがとう、みんな! ガルラス、見ていてくれッ! ウォォォォォォォォォォォォォッッツ!!」


 仲間を失った悲しみと怒りからなのか、それとも、女神フリーディアの御業なのか。聖剣とマルスの力が最大限に発揮され、まばゆい光の波動に包まれる。


「闇の世界に還れ、ダ=ズール!」


 前傾姿勢になって聖剣を構えるマルスが、超高速で飛びかかる!


閃光神風必殺剣シャイニング・スラッシュッッッ!!』


 ふたたび繰り出された究極奥義。

 ダ=ズールの身体が横一文字に切断されて、異形の巨体が青い炎の塊となって燃えてゆく。


『グゥガガガガ……こんな……こんなことが……神が……人間に破れるというのか? デレリア……ボクはなんのためにキミを…………ボクも……せめてボクも……同じ闇に…………』


 最後に、耳を塞ぎたくなるような大音量の断末魔を残して、ダ=ズールは燃えさかる炎の中で絶命する。

 やがて、すべてが灰となって消えた。

 光の勇者マルスが、ついに大邪神ダ=ズールを倒したんだ! 


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 また地鳴りが聞こえてくる。

 景色が──視界が揺らぐ。

 どうやら、あるじを失った終焉の起源インナー・ユニバースが崩壊をはじめたようだ。


「みんな、早く逃げるぞ!」


 時空の裂け目を見つけたマルスが、剣先でそれを指して全員に脱出をうながす。

 あたしとプリシラは、おっさんに最後のお別れを告げてから、裂け目の中へと飛び込んだ。


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