光と闇の戦士たち(1)

 この感覚を、なんと言って表現すればいいんだろう。

 まるで鏡の内側から世界をのぞくような、それなのに窓ひとつ無い狭い密室に閉じ込められているような、そんな窮屈な感覚だった。

 現在いまのあたしたちは元の姿を取り戻し、稲光りや落雷が激しい闇夜の曇天の空に漂っている。

 地上は見えない。ここは、四方八方が雷雲だらけの浮遊空間だった。


 そして、そんなあたしたちをみんながめっちゃ見ている。


 光の結晶に変わって終焉の起源インナー・ユニバースにやって来れたまでは良かったんだけど、たどり着いた場所が、ダ=ズールとマルスたちが戦っているど真ん中だった。

 向かって右側で、かつての仲間たちが──ヴァインだけはミメシスを見て──呆然としている。

 かたや左側では、王都の大聖堂並みに超巨大な怪物があたしたちをじっと見ていた。その容姿を例えるなら、セミの幼虫に似た、骨の浮き出た醜悪な昆虫だろうか。

 いずれにせよ、なんか凄く場違いな感じと空気が立ち込めていて、もの凄くいづらいんですけど!


「ロ……ロアなの? えっ、どうやってここへ? それに、なんでダイラーと一緒に?」

「あ……えーっとね、プリシラ……話せばめっちゃ長くなるんだけどね──」

「ミメシス……なぜだ? 姿を見かけなかったから、てっきり避難したものかと……」

「ヴァイン、まだ無事であったか!」


 少女の姿をしたミメシスが、ヴァインのもとへ飛んでゆく。


「ダイラー……キミも生きていたのか」

「どこまでもしつこいヤツめ! もう一度ワシらにやられたいのか!?」

「フッ、何度でも相手になってやるが、いま戦うべき相手はそいつだろう」


 そうだった。再開を懐かしんだり、これまでの経緯いきさつを説明している場合じゃなかった!


『ヴァインだけでなく、ミメシスまで余に刃向かうつもりなのか? ふたりの闇の使徒に裏切られるとは、なんとも情けない話だ。光の戦士ともども、おまえも闇に還るがよい……!』


 ──グゥア……!


 巨大な三本指の前肢が振り下ろされると、すさまじい衝撃波がマルスたちやあたしたちを襲った。


「きゃああああああああああ!?」

「ムホッ?!」

「プリシラ!」


 誰よりも遠くに弾き飛ばされたプリシラを追って、マルスが飛ぶ。

 一応、あたしもダメージを受けてるんだけどな……。


「ヴァイン、我らだけでも逃げよう。ダ=ズール様に勝てるはずはない」

「……わかっている。だが、すべてが闇に染まった世界でどこへ逃げる? なにもかもが闇に……無になってしまうんだぞ? 太陽に月、星々や蝋燭ロウソクの灯火すらない完全な闇だ」

「それは……それでも、ほんのわずかな時でも、我はおまえと──」


 ダ=ズールの口が、門扉のように左右へ大きく開く。無数の光の粒子が、大気中の魔素マナが、咽喉のどの奥へ次々に吸い込まれてゆく。大量に集まったそれらが、雷みたくパチパチと明滅を激しく繰り返す。酸素まで薄まったように感じるのは、決して錯覚ではないだろう。


「──むっ?! あれは……マルス! 耐えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「ロア! 精神を集中させるんだ! あの攻撃は即死効果があるぞッ!!」


 ヴァインとミメシスが、それぞれの仲間に大声でそう警告した。


「ふえッ?! そ、即死効果ですって!? このタイミングで急に言われましても!」

暗黒波動砲ナイト・コア……!!』


 まばたきをするよりも速く、真っ白い閃光ひかりが視界を支配した。

 そして、その直後には暗闇に変わる。目を閉じてもいないのに、完璧な闇の中にあたしは存在していた。

 次いで襲いかかってきたのは、鼓膜と心臓を破らんばかりの一撃の雷鳴と爆轟だった。


「う……! ガハッ!」


 膝から崩れ落ちそうになるけれど、浮かんでいるからそれもかなわない。

 肉体だけでなく魂すらも揺さぶる強大なダメージ。ヴァインとミメシス、ダイラーとあたしは、なんとか持ちこたえられたみたいだ。これってやっぱり、闇の力が使えたからだろうか?


「マルス……マルスたちは!?」


 かつての仲間たち三人は、仰向けやうつ伏せの姿で浮かんでいた。

 指先ひとつ、ピクリとも動かない。

 もしかして、あの一撃で死んじゃったの!?


「そ……そんな……!」


 マルスが敗れるだなんて!

 世界は……三層界はどうなってしまうの!?


「マルス! プリシラ! おっさーん!」


 あたしは力の限り、かつての仲間たちの名前を叫び続けた。

 きっと気絶しているだけに違いない。すぐに返事をして目覚めてくれる。「うるさいぞ、静かにしろよ!」って、そう文句を言って起きてくれるって信じて叫んだ。


「マルスのバカ野郎ッ!! 早く起きなさいよぉぉぉぉぉぉ!!」


 そのときだ。

 金色の鱗粉を振りまきながら、あの光る蝶が何処どこからともなく現れて、マルスたちの上空をかろやかに飛びまわる。

 するとどうだろう、みるみるうちに三人の血色が良くなってきて、次々に起き上がりはじめた!


「マルス……わたし……復活したの?」

「ああ、女神フリーディアが助けてくれたんだよ」

「だが、これでワシらは三回死んだ。もう生き返れんぞ」

「わかってるさガルラス……みんな、一気にいくぞッ! ヴァイン!」


 士気を高めたマルスにうながされ、ヴァインはミメシスに背を向けた。


「ヴァイン!」

「オレは行かなくてはならない。大崩壊を止めるためには、闇の力も必要なんだ」

「ヴァイン、行くな! ヴァイン!」


 一度も振り返ることなく、闇の使徒・暗黒騎士ヴァインは光の勇者のパーティーに合流した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る