いざ進め!

 いくら待ってもダイラーから返事はなくって、静寂の時間だけが長く続いていた。

 つまり、あたしの願いは残念だけど、彼には届かなかった。


 グゥゥゥ……キュルキュルルゥ……。


 鳴ったのは、あたしのお腹。

 女神フリーディアの加護が無くなっているから、ダンジョン内でお腹が空いちゃうしトイレにも行きたくなる。なにもこんなタイミングで鳴らなくても──ううん、こんなときだからこそ、鳴ってくれて助かった気がする。


「アハハハ……なんかさー、お腹空かない? ラストダンジョンなんだから、最深部の途中に〝ラストダンジョン食堂〟とかあるといいんだけどねぇ。そしたら、回復してくれたお礼に串焼きの一本くらいご馳走するんだけどなぁー」


 はつらつとした笑顔を向けながら、自分でもちょっとよく意味がわからないラストダンジョン・ジョークを飛ばしてみる。

 すると、ダイラーが腰ベルトに忍ばせていた茶色くて小さな〝なにか〟をあたしにくれた。


「みゃ? これって…………干し肉?」

「ああ、鶏肉だ。人間のおまえでも食べれるだろ。それで我慢しろ」

「……どうもありがとう」


 カッチカチの干し肉をじりながら、並んですわるダイラーの様子をうかがう。

 あの鉄仮面の下にある彼の素顔って、どうなんだろう?

 正直なところ、あたし的には、ダイラーの素行は男子としてポイントが結構高い。身長もマルスより全然高いし、体格も鎧をつけてるけど太ってはいないはずだ。

 あっ……今、自分でもよくわかる。

 あたしの全身から、めっちゃフェロモンさんが出てはるやん。


「ねえ、ダイラー」

「……なんだ? おかわりは無いぞ」

「ううん、そうじゃなくって……あのね、実はあたし……仲間たちに見捨てられたんだ」


 話すつもりはなかったけれど、ちょっとだけ、かわいそうな女を演じてみる。うつむき加減でクスンと小さく鼻を鳴らしてから、ダイラーに向けている側の髪を耳にかけた。


「…………」


 無言のままの彼。それでもあたしは、不幸話を語り続ける。


「それでね、こんなラストダンジョンでひとりぼっちになってさ……女の子のひとり旅だから、ケダモノにこの肉体からだを狙われて……恥ずかしくて言えないような、エッチで危ない目にあっちゃったりもして……罠にも引っ掛かって、爆死もしたりして。でもね、そんな辛いときに……ダイラーにまた逢えた」


 ここで見せる、涙目の笑顔。

 ずっとしゃべっているあいだまばたきを我慢していたから、両目がいい感じでウルウルになっていた。


「おまえは、なにが言いたい?」

「うん……だから、その……あたしのことがそんなに嫌いじゃないなら、仲間になってくれないかなって…………ダメ?」


 最後の「ダメ?」で、小首をかしげながら然り気なくダイラーの腕に触れた。

 とりあえずは、このぐらいが無難だと思う。いろいろとホンマに、このぐらいが無難だと思う。我ながら上出来じゃないかなって、ホンマに思う。

 けれどもダイラーは、返事をくれるまえに盛大に吐血して苦しみ始めた。


「ぬほほォォォォい!? ダイラー、しっかりしてよ!」

「ゴホッ、ゴホッ、ブッ……ぐはっ!」


 ガッシャーン!


 横向きで倒れるダイラー。

 いや、嘘でしょ!? 本当にちょっと、マジで勘弁してよね、もう!


「ダイラー?」


 虫の息の彼は、もう動かない。

 いくら話しかけても、なんにも返ってはこない。


「そんな……こんなことって……」


 落胆するあたしが見つめる先には、無防備で横たわる鉄仮面。

 今なら、ダイラーの素顔が見れる──とんでもない事をしているって充分理解ができていたけれど、自然と手が鉄仮面に伸びていた。

 そして、ずっしりと重い鉄仮面を外す。

 魔法で作られた明かりに照らされたのは、瞼を閉じるトカゲ顔の魔物だった。


「…………」


 いったいあたしは、なにを期待していたのだろう。命の恩人に色目まで使って──恥ずかしさを通り越して、もう情けない。いろいろと疲れていても、決して許される事なんかじゃない。


 と、そのときだった。


 ダイラーの全身がまばゆい光に包まれて、煌めきながら消えていった。


「えっ……ダイラー!?」


 やがて最後に残されたのは、一匹の傷ついた小さなトカゲだった。


「これって……もしかして、ダイラーの正体?」


 ふと、帝国軍の中枢を担っていた六魔将軍の正体が動物や人間だったことを思い出す。世界皇帝が造り出した魔宝石の神秘の力で、彼らは強大な戦闘力を手に入れていたのだ。

 だから、ダイラーの正体がトカゲでもそんなには驚かなかった。

 命の恩人を両手でそっと抱き上げる。すっぽりと隠れてしまう大きさのダイラーの体温がとても冷たかったのは、変温動物だからだけじゃないはずだ。


「どうしよう……このまま持ち歩くわけにもいかないし……」


 例え片手に持ち変えても、凶悪なモンスターが徘徊するラストダンジョンで生き残れっこないし、ポーチにしまうわけにもいかない。考えを巡らせていると、いつだったか、雨の日に子猫を拾って胸もとで温めながら帰ったことを思い出した。

 迷わずあたしは、傷ついて眠るダイラーを胸の谷間にそっと入れて温める。しばらくはじっとして動かなかったダイラーも、段々と温まってきてモゾモゾと寝返りをした。


「よかったぁ」


 今のあたしは、体力だけはそれなりに回復している。ここから入口へ引き返すよりも、ミメシスとの約束を守ってマルスたちと合流するほうが距離的にも生存率は高いはず。


「……よし! 絶対に生きて、おうちへ帰るぞ!」


 自分にそう言い聞かせながら、ゆっくり立ち上がる。

 すっかりとお尻は冷えちゃったけれど、胸もとからは、ふたり分の鼓動が全身に響いて活力がみなぎり、たったひとりでも歩きだす元気と勇気をあたしにくれた。


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