再会
「うるさいぞ、いいかげんにしてくれ。それとも、泣き声で魔物を呼んでいたのなら、邪魔したことを謝罪するが」
それは、男の声だった。
惨めったらしく泣き続けるあたしに、誰かが話しかけてきた。
気配なんてまるで感じなかった。こんな所にいったい誰が──たしか声が聞こえてきたのは、少し離れた岩壁沿いの窪んだ隅のほうからだ。そこは、みんなと一緒に通らなかった場所でもある。
「クスン……ひっく……そこにいるの、誰よ?」
だけど、返事はなかった。
相手からは敵意や殺気も感じられない。
心細さもあり、思いきって声の主のもとへと向かう。もちろん用心のため、手放した雷鳴の杖を拾って。
「……誰? 本当に誰なの? エッチなことをするつもりなら、最上級の火炎魔法で細胞レベルまで焼きつくすからね?」
魔力はもうほとんど空っぽだったけれど、はったりを言いながら、恐る恐る近づく。
徐々に見えてきたのは、岩壁を背にしてすわる人影。でも、まだ暗くて姿がよくわからない。〝
「あっ……!」
ハッキリと確認したその姿に、思わず声が漏れてしまった。
声の主の正体は、不気味な細工が施された銀色の甲冑で全身を守る魔法戦士だったからだ。
けれどもその男は、大怪我をしていた。兜や胸当てが大きくへこんだりして傷つき、青紫色をした血にまみれていた。
あたしは、この男を知っている。
六魔将軍最後のひとり……ダイラー。
自らを〝世界皇帝〟と名乗った狂気の暴君に忠義を尽くし、かの皇帝亡きあともエレロイダまでマルスを追ってやって来た復讐鬼。
あたしたちとの最後の戦いに敗れて、崖下に転落したはずなんだけど……あの崖って、この岩壁の真上だったんだ。
でも──彼が生きていて、本当に良かった。
「あの、えーっと……大丈夫?」
「……見てわかるだろ? 瀕死の重傷だ」
「だよね……」
「おまえも死んでよみがえった直後のようだな。何度目だ?」
「アハハハ……もう三回死んじゃったから、次で最後かな……」
「そうか。その様子だと、回復アイテムも無いのだろう。仲間たちはどうした?」
その質問には答えられなかった。正確には、答えたくなかった。
あたしの気持ちを察してくれたのか、ダイラーはそれ以上なにもしゃべらなくなった。しばらく立っていただけのあたしは、同じように岩壁を背にして彼のとなりに両膝を立ててすわる。
背中とお尻が冷たい。お互いに体力も魔力も、共通の話題もなにも無い。あっ、あるにはあった。ふたりともひとりぼっちで瀕死の状態だ。
…………続く沈黙。
頭上の明かりが、さっきよりも一段階暗くなったような気がする。あたしの魔力と一緒に、この穏やかな光もそろそろ消えてしまうんだ。
「お
ずっと冒険のあいだ我慢してきた本音が、ついに言葉になって出てしまった。
「おまえの名前は、ロアだったな」
「えっ……うん。覚えてくれてたんだ」
「敵の名前は決して忘れん」
「アハハ……」
とっくに元気を無くしたあたしには、乾いた笑い声しか返せなくなっていた。
そんなとき、ダイラーが静かにあたしのほうを向いたかと思えば、利き手も同時に突き出した。
微かに聞こえてくる魔法の詠唱……って、えっ、まさか攻撃魔法!?
『
次の瞬間、解き放たれた回復魔法があたしの身体を包み込み、金色に輝く光の
「えっ? えっ?……どうして!?」
「生きて
ダイラーはそう言うと、ふたたび前を向いて黙った。
忘れろって……もしかして、あたしが仲間たちに見捨てられたのを知ってるのかな……そんなに今のあたしって、見るからに不幸そうな顔をしているのかな……。
「ありがとう、ダイラー。でも、あなたはどうするの? 今の回復魔法、どうしてあたしに使ったのよ?」
「オレには、もう仕える
「ダイラー!」
鉄仮面からあふれ出る青紫色の血。彼の死期が迫っていた。
「ゴホッ……ぶふっ、カハッ……」
「ねえ、死なないでよダイラー! あたしを……そうよ、あたしを守ってよ!」
「……守る……だと?」
「そうよ! あたしをお
自分でもなにを言っているのか、まるでわからなかった。でも、それは嘘偽りじゃなくって、本心だった。
彼は──ダイラーは、ほかの六魔将軍と違って、極悪人なんかじゃない。
ダイラーはあのとき、あたしを助けてくれた。
そして今も、こうして。
「オレは金に興味は無い」
「だったら……だったら、あたしの仲間になりなさいよ!」
言っちゃった。
かつての敵に、六魔将軍最後のひとりに〝仲間になって〟って、声を大にしてお願いしちゃった。
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