超上級者向けクエスト! 初見のクリスタルドラゴンズを黒魔導師がソロ討伐
もう、やるしかなかった。
すっかりと囲まれて、逃げ道を塞がれている。
それに、あの魔法円にたどり着けたとしても、元の場所に戻れる保証がないし、もっと
『
電撃魔法の詠唱が進むにつれ、パチパチ弾ける音と毛細血管に似た小さな光が
『
辺りに雷鳴が
──ブォン、ブォン、ブォン、ブォン!
「弾け……ろぉぉぉぉぉぉぉッ!」
杖を振りかざしたあたしの絶叫を合図に、解き放たれた電撃魔法が一気に四方八方へと弾け飛び、稲妻のような電流となって群れるクリスタルドラゴンの全身を貫いた。
「グガァァァァァァァァァァッ!?」
「アアアアアオン!」
「ギィギャアアアアアアアアス!!」
地響きを上げて次々に転がっていく水晶の恐竜。
けれども、なにも安心はできない。
土煙の向こう側では、無数の蒼白い眼光がハッキリと見えていたからだ。
その中の一匹が仲間の仇を討とうと、ふたたび魔法を詠唱するあたしに大きな口を開けて猛突進してくる。
「グァァァァオオオオオオオン!!」
「──!」
華麗に飛び退いてギリギリでかわす。
身につけている防具──夜風のハーフマントの力で空に浮かんでいると、間髪入れずに別のクリスタルドラゴンたちが一斉に跳ね飛んで噛みついてきた!
『
詠唱を続けていた防御魔法がなんとか間に合い、喰いつかれる寸前のところで、あたしの身体は灰色の霧となってその場から消え失せる。
──ガチン、ガチン、ガチン!
そして、獲物を仕留め損ねた無数の巨大な牙が、火花を散らして次々に閉じられていった。
眼下のクリスタルドラゴンの数は、ざっと見ても十匹以上はいるだろう。
ドラゴン系の魔物は長命なだけあって、体力が底無しなんじゃないかって思えるくらいにタフだ。
その証拠に、さっき倒したクリスタルドラゴンたちは、とっくに元気よく起き上がってしまっていた。しかも、ほかの仲間と一緒に鼻を鳴らして、あたしの気配を探っているのだ。
(まともに当たったのに、無傷って……
この防御魔法も、そんなに長時間は隠れられない。
ラストダンジョンを抜けるまで、なるべく魔力を温存しておきたかったけれど、死んでしまっては元も子もない。ここは一気に、最上級の攻撃魔法で全滅させてやる──!
気配を殺しつつ、新たに魔法の詠唱を始める。
ショートブーツの真下では、クリスタルドラゴンたちが相変わらず鼻を鳴らしてあたしを探し続けていた。
どんな魔法も強力であればあるほど、その詠唱時間が長くなってしまう。極端に短縮させたり詠唱を無しにするチートなやり方もあるにはあるけれど……精神力や身体にかかる負担が桁違いだから、結果的には寿命そのものが削られてしまうし、悪魔と契約を結んで魂を売り渡すやり方だって、そこまでする必要があるのかなって思える手段なので、あたしは地道に、ベターな方法でしっかりと真面目に魔法を唱えている。
『
振り上げた杖の先から、小型の太陽のような炎の化身が真っ赤なマグマを迸らせながら出現する。
クリスタルドラゴンの群れがそれに気づいたときには、火炎と爆音が綺麗に混ざり合い、無防備な標的の頭上へと絶え間なく降りそそいでいた。
やがて、様々な形をした水晶に映し出されている空間が秋空の夕焼けのように
燃えさかる火の海の上空で、最大級の恐怖に震える。
炎のゆらめきと見粉うほど真っ赤に染まった水晶の化身たちが、今すぐにでも飛びかからんと、こちらを向いて歓喜の笑い声を上げるように牙を打ち鳴らしていたからだ。
「そんな……これも効かないなんて……百年戦争でも使われた、禁忌の火炎魔法なのに……」
防御魔法もすっかりとその効力を失い、空中にポツンと浮かぶあたしの姿は、無敵の怪物にとって単なる恰好の餌食だった。
「グァァァァオオオオオオオン!」
一匹のクリスタルドラゴンが、大きく飛び上がって襲いかかる。
次いで二匹目が──ううん、まとめて三匹があたしを食べに飛んだ。
「きゃあああああああああ!!」
無我夢中で杖を何度も振りかざす。やがてすぐ、とてつもない音量の雷鳴が響きわたった。
それは、杖に秘められた特殊効果。大抵の魔物はこれに驚いてしまい、一瞬だけでも
クリスタルドラゴンも例外ではなかったみたいで、喰らいつくタイミングがほんの少しだけ遅れた。
その隙を逃さず、夜風のハーフマントの使用をあえてやめる。糸の切れた操り人形みたく、あたしは地上へと──まだ火は燃えているし、残りのクリスタルドラゴンも待ち受ける中心地へ──真っ逆さまに落っこちていった。
自殺行為に思えるけれど、そうじゃない。
あたしは、生きたい。
やり残したことが世界樹の葉の数よりもたくさんあるし、それになによりも、あたしはまだ、たったの十七年しか生きてないんですもの!
クリスタルドラゴンの頭上近くまで落下したあたしは、ハーフマントの特殊な力を借りてふたたび身体をふわりと半回転させて宙に浮かせる。
「処女のまま喰い殺されて……たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら腰ベルトのポーチからすばやく取り出したのは、わが家のメイドであり無二の親友でもあるセーリャが、旅の
ポワンポワンのやわらかい弾力のお団子サイズの小袋には、秘密のブレンドの激辛い香辛料が鬼のように詰め込まれているらしい。
『ロアお嬢様……もしものときには、この玉っころを身のほど知らずの変態クソ野郎に投げつけてくださいね』
セーリャの天使のような笑顔と、それに不釣り合い過ぎる口汚い罵り言葉が、ふと、脳裏によみがえる。
(お願い……セーリャ、助けてちょうだい!)
ポーチから次々と胡椒玉を取り出しては、クリスタルドラゴンの変態クソ野郎ども目掛けて投げまくる。不思議なことに、運動神経が良くないあたしが投げたにもかかわらず、一度も狙いは外れなかった。
──パン、パン、パン、パパン!
何発かの破裂音のあと、香ばしい粉塵が周囲に満遍なく舞い散る。やがて始まったのは、とてつもなく大きなドラゴンサイズのくしゃみの大合唱。
「グワシィン! グワシィン!」
「ブルルル……ブハァァッ!」
「ファ、ファ、ファァァ…………グガァァァァアァァァァアアオン!!」
親愛なるセーリャの偉業を見届けたあたしは、そのまま無事に着地をし、残り火をよけながらクリスタルドラゴンの連なり重なる脚を潜り抜け、今度は魔法円の血文字を消さないよう、おしとやかに乗っかって瞬間移動をするのであった。
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