ラストダンジョンで勇者パーティーに捨てられたから、あたしお家に帰りたいです。

黒巻雷鳴

最終章 決戦! 異次元空間エレロイダ

新たなる仲間・暗黒騎士ヴァイン

「ロア、ここでお別れだ。今まで……本当にありがとう」


 あまりにも突然過ぎて、言葉が出てこない。


 あたしの目の前で、真剣な顔をしたマルスがしゃべり続けている。けれども、なにを言っているのか全然聞こえてこないし、もちろん、その内容も頭には入ってこない。


「……すまない。貴様には悪いが、これも大邪神ダ=ズールを倒すためなのだ」


 漆黒の闇を彷彿とさせる真っ黒い甲冑を装備した人物が、あたしに淡々と語りかける。

 その名は、暗黒騎士ヴァイン。

 あたしたちと激闘の末に改心して、ついさっき仲間になったばかりの魔人だ。それなのに、あたしはコイツのせいで、パーティーから追い出されようとしている。


「ねえマルス、やっぱりこんなのひどいよ……ロアが、かわいそう過ぎるよ!」


 眉根を寄せて必死に意見してくれてるハイエルフの少女は、白魔導師プリシラ。冒険当初から、このパーティーで一緒に戦ってきた大切な仲間だ。


 だけど、あたしは知っている。


 プリシラとマルスは、特別な関係であることを。

 だから彼女じゃなくて、あたしを切り捨てるんだ。


「しかたがないんだよ、プリシラ。この異次元空間で、女神フリーディアの加護を受けられるのは四人までなんだ。それに……」


 マルスがヴァインを真っ直ぐ見つめる。

 見つめられたヴァインも、視線を逸らさない。


「ダ=ズールは闇の力の究極集合体。光の力だけでは、決してヤツを倒せない。同じ闇の力を持つヴァインが、どうしても必要なんだ」


 ヴァインが静かにうなずき返すと、マルスはほほんだ。


「なによそれ……あたしだって黒魔導師だから、闇の力を使えるんだよ!? 今まで一緒に冒険をしてきたから、マルスも知ってるよね!?」


 ふたりに詰め寄るあたしの肩を、ゴツゴツとした大きな手が引き止める。

 狂戦士ガルラス──百年戦争を唯一最後まで戦い続けた、誇り高き人狼族ワーウルフの英雄。


「扱える闇の力は、彼のほうが遥かに強大だ。なによりも優先すべきなのは、大邪神ダ=ズールを倒し、天上界と地上界、それに……魔界を大崩壊から救うことなのだ。ロアよ、わかってくれとは言わない。あきらめてくれないか」

「あきらめろって……それじゃあ、あたしは必要ないんだ? 強力な仲間が欲しいから……だからって、ずっと旅してきた仲間を……簡単に捨てるのかよ……しかも、こんな場所ところで…………見殺しじゃないのよ……仲間を平気で見殺しにするのかよ!? 光の勇者のくせに‼」

「そこまでは言ってない!」


 ──パシン!


 マルスが言い終えるよりも早く、彼の頬を平手打ちにする。


 もちろん、こんなことをしても、なにも変わらない。それに、あたしの気分も晴れはしない。

 だけど、そうせずにはいられなかった。

 闇の力が必要だと言うのなら、あたしだってパーティーにいてもいいはずだ。ほんの少しだけど、回復魔法だって使える。それなのに──。


 やっぱり、マルスはプリシラを選んだんだ。


 かつての仲間たちの背中が遠退いていく。

 プリシラがときおり心配して振り返ってくれるけど、ほかの三人はひとり残されたあたしに見向きもしない。男って、最低サイテーだ。


『せめて、これを……受け取ってくれ、ロア』


 別れ際、最後にマルスから手渡されたのは、万能薬エリクサーがひとつと魔力回復剤が入った硝子ガラスの小瓶。

 けれどもその中身は、お気持ち程度に三粒だけしか残されていなかった。それは黒魔法で例えるなら、初歩レベルの火の玉を数発飛ばせば無くなる量だ。

 みんなと離れていくにつれ、周囲に漂う闇の波動が徐々に活性化してきて、その濃度を微弱ながらも増していく。あたしから、女神フリーディアの加護が消えた証拠だろう。

 あらためて周囲を見まわす。

 幌馬車が横に五台並んでも通れそうなほどの広い空間。ツルツルとした表面だけど、いびつな形状をした藍色の壁面と天井は、溶けて固まった蝋燭ロウソクみたいで不気味だ。

 微かに漂うにおいも独特で、硫黄とシナモンの香りが隣の部屋で混ざり合ったような、そんな空気が充満していた。


「はぁ……」


 視線を愛用しているショートブーツのつま先に落とす。

 この冒険で何度も靴底を修理してきたけれど、さすがにそろそろ買い替えなきゃダメみたい。今度はもっとお洒落で、女の子らしくて可愛いヤツに……。


「ロア!」


 不意にマルスが、あたしを呼んだ。


 ゆっくりと顔を上げれば、ずいぶんと離れてしまったけれど、みんなが振り返って立ち止まっている。


(やっぱり……あたしを……待っていてくれたんだ!)


 にじんできた涙がバレないように、少しだけうつむいてから指先でぬぐう。今度は元気よく顔を上げて笑顔をみんなに向けたあたしに、マルスがふたたび元気良く叫ぶ。


「生きて、また会おう!」


 次の瞬間、無数に舞い上がる深紅の光の粒子に包まれたマルスと仲間たちが、あっという間に霧散して次の階層フロアへと移った。


「…………なによ、それ」


 身勝手過ぎる別れの言葉。

 やっぱり、男って最低サイテーだ。


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