第30話 マナが拳を?

 豪華な朝食を食べ終わると少し話をすることになった。マナの話も聞きたいし、こちらの話も聞きたいという。


「マナさん達は、私たちの命も救ってくれた方なんです。あの時は、上級のバソンという魔物に襲われていた時でした。颯爽と現れたかと思うと魔法と拳でぶっ飛ばしたんです!」


 父親は興奮しながら身振り手振りでその時の状況を話してくれた。


「マナさんの仲間が魔法で吹き飛ばし、マナさんは拳でドカンです!」


 その言葉に驚いた。マナが拳を……。


「マナは……拳を使っていたんですか?」

 

「はい! それはもうお強かったですよ!」


 拳を使うようなことはないと思っていた。それは俺が拳で戦っていたと話したとき。『私は、そんな野蛮な戦い方はしないわ! スマートに剣で戦うのよ!』そういってずっと剣を振るっていたから。


 もしかしたら恥ずかしかったのかもしれない。俺には知られたくなかったのかもしれないな。いや。それとも別人か。


「俺が知っているマナは剣を使っていたんだ。本当にマナだったのかどうか……」

 

「私はマナさんがあなたに似ていたように思います。違いますか?」

 

「……私に似ているとは思います。マナが拳を……」


 自分の中で嬉しいという気持ちと危険なことをしているマナに対しての心配の気持ちと。


 俺みたいになりたいと思っていたんだろうか。


「マナさんは尊敬している人に近づきたいと言っていましたよ。どういうことかはわからなかったですが、あなたにお会いしてわかりました」

 

「そうですか」


 目から少し滴が零れ落ちた。


「鬼の目にも涙。だな」

 

「うるさいぞ! ったく。俺も歳をとったものだ」


 ヤマトが余計なことを言うので、黙らせる。目の涙を拭うと笑顔でマカさんに微笑みかけた。


「話が聞けて良かったです。有難う御座いました。それで、どこに行くとか言ってましたか? ルート通りなら山を迂回するはずなんですが」

 

「あっ、それがですねぇ。何を思ったのか色欲の花園に行くと言ってましたよ?」


 あそこへ行ったのか。花の花粉を吸いこんでしまうと魅了されてしまい、しまいには食われるのだ。


 そんなところで死んではいないと思いたいが。どうだろうか。行ってみるしかないか。


 マナのことだ。おそらく俺が言っていたルートに逆らって違うルートを進みたくなったのだろう。


 性格を知っているからこそ、俺は一つ一つの街でどこにいったか聞いていたのだ。アイツは本当にじゃじゃ馬で、思っている通りには動くはずがない。


 今まで指示通りに来ていたのが不思議だったくらい。それだけ慎重だったのだろう。このへんで行けると思って逆らったのかもしれない。


「まずかったんですか?」


 マカさんが心配そうに声をかけてくる。


「別になんてこたぁねぇよなぁ? 全部ぶっとばしゃいいんだからよぉ」

 

「そういうわけにもいかんだろう。あれはそれなりに役目があって……」

 

「わぁってらぁ。あの先にいる巣を守ってるんだ。ただよぉ、それを突破したとなるとその先でどうなったかはわからねぇぞ?」


 ヤマトが不吉なことを言う。勘弁してくれよな。ただ、あそこで消息不明なら知らせは本部に行くだろう。可能性がないともいえない。


 自分の顔が強張っているのがわかる。


「ししょー? そんなにまずいんですか?」

 

「あぁ。その先にはちょっと気難しいやつらの巣があってなぁ」

 

「でも、まだ死んだと決まったわけでもないんですよね?」

 

「そうだな」


 サーアに励まされているようじゃダメだな。

 俺がしっかりしないとな。


「やつらは気難しいぞぉ?」

 

「ちょっと! ヤマトさん黙っていてください! 不吉な事ばかり言ってししょーを不安にさせるのやめてください!」


 サーヤが初めてヤマトにかみついた。


「いや、いいんだ。たしかに気難しいからな」


 色欲の花園はその一族を守る役割をしているのだ。俺が前に通った時に戦いになったものだから迂回するようにと書いたのだが。


 まさかそれが裏目に出るとは思わなかった。


「娘とはわからないものですよね? ローラもいつも私の想定の斜め上を行くもので困っています」

 

「はははっ。本当にそうですな。子供っていうのは知らないうちに成長しているものなんですな。親がいなくても、勝手に」


 マナを思い少し寂しい気持ちになってしまった。会えない寂しさ。会えるかどうかわからない不安。こんなにも娘が俺の気持ちを揺さぶるなんて。


 今思うと娘は俺の気持ちを揺さぶってばかりだったかもしれない。初めて飯を食った日、飛ぶように喜んだ。初めて立った日、集落のみんなの家を回って報せたものだ。


 剣術をやると言った時、理由は聞かなかったが、寂しさを覚えた。あの時は妻に慰められたものだ。


「こっちが心配していても自分の仲間と旅に出てしまいました。それがこんな結果になったけれど、旅をさせたことを後悔したことはありません。必要なことだと俺は思っています」

 

「そうですねぇ。かわいい子ほど冒険はさせた方が強くなる。私もそう思います」


 父親という共通の話題で心が通じ合った。そんな気がしたのであった。

 なんだか、この後はローラがマナと俺達を連れて街を案内したいんだとか。


 帰って寝たいところだったが、笑顔で了承した。


 今日は夜まで寝られないかもしれない。

 ヤマトは絶望の顔をしていた。

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