第16話 暴食の谷到着
宿を出た俺達は暴食の谷へと向かった。
南西に位置するその場所は、ここからでは見えない。あそこは近くに行くとすくみ上がる程の谷だからだ。
今日は晴天で空気が澄んでいる。鼻から吸う空気は緑の香りが豊富に含まれている。気持ちのいい出発になった俺達は足取り軽く暴食の谷へと向かっていった。
谷へ向かう途中向かっている方向で何やら獣の声が響き渡った。
草木が揺れながら何かがこちらに迫ってくる。
「なにか来るぞ!」
サーヤに警戒するように指示をだし、構える。
モウゴリラという緑色の人間に近い姿の上級魔物が現れた。
「ウォォォ」
こちらを視認すると拳を振り上げて襲いかかってくる。
拳を受け止め。
──ズズゥゥゥン
重い拳の衝撃に地面が沈む。
「このバカ力が! うらぁぁ!」
赤黒の煙を纏わせた拳を振りぬく。
モウゴリラは体をひねって避けた。
後ろにあった木々を衝撃でなぎ倒す。
ピンポイントに一点集中で攻撃したのがまずかったようだ。
「くっそ!」
「アクアレーザー!」
アクアカッターを上級魔法版であるアクアレーザーをサーヤが放ち、モウゴリラの頭を切り裂いた。
絶命したモウゴリラは地面へと沈む。
「助かった。ありがとう」
「いいんです! 受け止めてくれて有難う御座いました。ワタシがいたから受け止めてくれたんですよね?」
モウゴリラは力が強いので大振りの攻撃は避けるのが定石なのだ。しかし、今回は後ろにサーヤがいたためわざと受け止めたのであった。
「あぁ。気にしなくていいぞ。自分が受け止めたかったんだ」
「ふふふっ。はい。そういうことにしておきます」
サーヤははにかむように笑うと再び俺の後ろを歩きだした。
谷までの森の中も魔物が多く生息しているようだ。
警戒して歩かなければならない。
森の中は木々に覆われているため薄暗く、不気味な雰囲気をかもしだしていた。
俺は前を歩いて木々をはらいながら歩いて進む。
「ししょー? こんなにうっそうと茂った森を進むんですか? 道合ってます?」
「しばらく通っていないからこんなに生い茂っているんだろう。道はあっているはずだ」
森の中でも獣道のように地面に草が生えていない道のようになっているところがあるのだ。
そこを辿っていくのがこの森の抜け方。俺はそれをマナにも伝授していたのだ。その通りに行ったかはわからないが。
このルートでいくと魔物にも会いづらい。
いいこと尽くめなのだ。
だが、そうすべてがうまくいくわけではなかった。
「ギィィヤァァァ!」
実はこの道は地上の魔物たちの縄張りの外を行くから魔物に襲われにくいという秘密があるのだが、空の魔物には関係ないのだ。
空から狙っているのはクチバシの鋭い大きな翼を広げたクッピーと呼ばれる上級魔物。
名前は可愛いが、やってくることはえげつない。
隙を見て突撃してくるのだ。
そして──
「──サーヤ、跳べ!」
とっさに横へと跳んだ二人の先ほどまでいた所に飛来してきた。
──ズドォォォォンンッッ
砂煙がまいあがり、周りが見えなくなってしまう。
「サーヤー! だいじょうぶかぁぁぁ?」
「だいじょーぶでーす!」
「頭を下げて攻撃に備えろぉぉぉ!」
「はーい!」
サーヤがどこにいるかわからないと、攻撃の打ちようもない。周りを警戒しながら身をかがめて待機する。
この魔物は地面にクチバシがささるからそれを抜くために首を振って無理やる抜くのだ。だから頭を下げていないと攻撃をくらうことになる。
──ブゥゥゥン
すぐ上を何かが通り過ぎた。その勢いで煙が晴れる。チャンスとばかりに魔物へ肉薄する。
腕輪からの煙を右手に纏い渾身の攻撃を繰り出す。
「
──ズゥゥゥゥゥンンッッ
いつもの拳ではなく掌底での攻撃を繰り出した。
それはなぜか。肉が欲しかったからだ。
クッピーは穴という穴から血を流し絶命した。
内部から破壊したのだ。
こうすると肉もやわらかくなる。
ナイフを取り出してクッピーを捌いていく。
筋肉質な肩の部分を切り出していく。
足の部分はいらない。
クッピーは足の脂肪が多いのだ。俺にはこの脂肪部分は胸焼けする。
「ししょー。この魔物おいしいんですか?」
「クッピーはな、肩の部分が筋肉質で感触がよくうまいんだ」
「ふーん。ワタシは脂ののったとろけるお肉が食べたいですー」
それを聞いてハッとした。
俺は自分のことしか考えていなかった。
以前一緒に旅をしていた仲間に言われたことを思い出した。
『自分で欲しいところ以外もとってくれよ!』
昔旅していた時、俺しか魔物を捌くことができなかった。
だから、俺が好きな部位だけ切り出していたのだ。
それに気付かれて怒られたことを思いだした。
「悪かった。脂肪分の多い部位も取ってやるな」
「わーい。ありがとうございまーす!」
次のご飯のことでも考えているのだろう。サーヤは口の横から涎を垂らしながら喜んでいる。
そういえば、これから会うやつも脂分の多い肉が好きだったからちょうどいいか。
残りを埋めると俺達は谷へと歩を進めた。
日が高くなるころには目の前に迫るところまできた。
「ひぇぇぇぇ。飲み込まれそうですぅぅぅ」
サーヤはすぐ下に底の見えない谷を見下ろして、足をすくませていた。
これからここを下りていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます