第6話 「動き始める運命」

エルフの女王が魔王城に囚われて1ヶ月が経過した。

魔王に囚われたエルフの女王は何とか脱獄せんと奮闘努力して・・・いなかった。


「うううう~、熱いよ~、痛いよ~、辛いよ~、シクシクシクシク・・・」


イリスは捕縛結界内で生活を始めて2日後には、魔力回路破損の影響で39℃の高熱と身体に激痛を発生させてバタンキューと寝込んだのだ。


「高熱が出るのは魔力回路が繋がって来ておる証拠じゃ。

魔力回路の再生には痛みを伴うが、それが正常なのじゃ

治癒魔法の類いは全く効果がないので自力で耐えるしかないのう」


「ううう・・・まさか本当にこんなに重体だったなんて・・・」


「もう・・・イリスちゃん?

だから毎回、魔力欠乏症には気をつけなさいとクレアもわたくしも何度も注意していたでしょう?」


「だって今までこんな事無かったんだもん・・・」


「気が付いてなかったのはお主だけじゃ、毎回気が張っておっただけじゃ。

良くもまぁ、そんな身体で今まで動けておったのう・・・

こりゃマジで監禁が遅れたら下手すれば死んでおったかも知れんかったのう」


「ああ~、医療用ゴーレムの冷風が顔に当たって気持ち良い・・・足元暖かい・・・

・・・魔王城に監禁の理由はこれだったんだね?」


「うむ、ここなら真魔族の重要機密のゴーレムが使えるからのう。

さすがにラーデンブルク公国へのゴーレムの貸し出しは出来なかったからな」


イリスのベッドの周囲には5体の医療用ゴーレムがせっせとイリスの治療をしている。


治癒魔法の効果が無い以上は「冷やす」「温める」とかの物理的な要素しか効果が無く、尚且つ24時間体制での患者への監視が必要なのだ。


これを人の手でやるのは至難の業なのだ。


「ううう~、ありがとうございます~バルドルさん~」


「礼は良いから早よ身体を治せ」


「えへへへへへ、バルドルさん大好き~」

ここぞとばかりに保護者の1人のバルドルに甘えまくるイリスであった。


しかし!ここで大事な事に気付いてしまう!


「はあああ?!お手洗い!どうしよう?!」

そうなのだ、現在のイリスは指しか動かないのだ!このままでは大惨事だ。


「そこはまぁ・・・病人じゃからな・・・諦めてゴーレムに頼むが良い」

バツが悪そうに尿瓶を持つゴーレムをチラリと見るバルドル。


「わたくしがちゃんと拭いてあげますねイリスちゃん」

上機嫌で台車の上に色々な道具を用意し始めるルナ。

・・・ルナは赤ちゃんのお世話が大好きなのだ・・・プレイの時間の開始である。


そして・・・バルドルは、さり気無く魔王の間より居なくなった・・・

こうして魔王の間にイリスとルナは2人きりとなる。


「さあイリスちゃん?さあ?」


「ルナさん?ルナさん?目がとても怖いです、許して下さい。

ああーーー・・・私ヤバいです!何かが終わる気がします」


「遠慮しなくて良いのよ?イリスちゃん・・・しーしーをしましょうね?」

何か興奮しながらイリスにジリジリにじり寄るルナ、そして身動きも出来ず怯えるイリスもそろそろ限界が近いのだ!


「いやあああああああ??!!・・・・・・・・・・・・あー・・・・あー・・・」


齢年齢約1000歳のイリス・・・今日、大切な何かを失ってしまったのだ・・・

ちなみにルナは15000歳を超えてるのでルナからしたらイリスは赤ん坊にしか見えない。


この後1時間、じっくり、たっぷりとルナによる赤ちゃんプレイを堪能させられたイリス。


これからは魔力欠乏症には絶対に!絶対に!気を付けよう!

もう後悔しまくりのイリスであった。




そして3ヶ月後・・・



「バルドルさん・・・暇です、助けて下さい」

発熱や身体の痛みにも・・・そしてルナによる下々のお世話にも慣れて来た病人イリスは余裕が出来て来たのかバルドルに暇を訴え始める。


「・・・確かにずっと寝たきりのまま一日過ごすのはいい加減に辛かろう・・・

儂の「影見」を貸してやるから「セリス」の様子でも見ているが良い」

やはりイリスには甘いバルドルなのだ。


「おお~?神与のスキルなのに貸し出しなんて出来るんだ?

と言うかバルドルさん・・・

今までも私のお風呂とか着替えを覗いていたんでしょ?・・・・・・エッチ」


「ん?他者のプライベート空間などは制約があるから覗けんぞ?

そもそも「影見」の力の根源は「月の精霊王」、つまりは女性じゃ。

儂が異性に対して邪な使い方をしたら即座に「影見」は切られるじゃろうな」


「へ~?意外と制約も多かったんだね~、それは残念でしたね」


「???何が残念なのじゃ?

まあ良い、論より証拠じゃ、お主の目に「影見」を移すぞ」


「!!!おおー!これは良いモノだー、凄ーい、面白ーい」


こうして女王イリスは寝たきりの状態て「影見」を使い「セリス」と言う名の少女の「霊視」となって活動を開始したのだった。


そして時間は流れて・・・


「・・・イリスよ、そろそろ仕事で使うので「影見」を返してくれぬか?」


「ええ?!もう少し、もう少し、後ちょっとー、今大事な所なの!お願い!」


この様にイリスが「影見」なかなか返却しなかったので魔王バルドルの仕事が進まず最終的に「世界の言葉」に怒られたイリスでしたとさ。



このセリスと言う少女に関してはその内連載を開始しますので説明は省略します。


春先くらいまでには、イリスの魔力回路が壊れた黙示録戦争の話しもガッツリと書きます。




それでは話しをシーナに戻しまして、片腕の王女シーナは特別何事も無く10歳の誕生日を迎える事が出来た。


母である王妃ファニーとの再会から3年、身長もグングンと伸びて140cnほどになり幼児から少女へと成長したのだった。


赤ん坊の時はいつ死んでも不思議じゃない程の虚弱体質だったが、もう心配ないと育ての親である地琰龍ノイミュンスターも安堵していた。


あれから王妃ファニーは2度ほどお忍びでスカンディッチ伯爵領を訪れてシーナをウリウリして帰って行った。


ファニーにウリウリされると気持ちが良くなりすぐに寝てしまうシーナ。


その寝ている我が子を抱っこして嬉しそうに髪を梳く王妃ファニー。

何の憂いも無く母子が暮らす事の難しさに「人間とは面倒な生き物じゃのぅ」とノイミュンスターは思う。


「今度はラーナを連れて来ます」と王妃ファニーは毎回言うがなかなか果たされてはいない。

まだ直接見た事がない自分の双子の妹ラーナ、シーナはラーナと会う日を楽しみにしている。


ちなみに全然シーナに会う機会をくれない父親のヤニック国王に盛大に不貞腐れたラーナが「お父様とはもう口聞きません!」と父の心に特大の爆弾を投下したりしていた。


この時期辺りからシーナの取り巻く環境に徐々変化が現れ始める。

地龍としての事柄を地琰龍ノイミュンスターやエレンが教え始めたのだ。


それに合わせて地龍王の力の開放や知識の解放も少しづつ進み一気に大人っぽい思考になり「地脈操作」の修行に熱心に勤しむシーナ。


今日もエレンのお姉さんと近くの湖で修行をする。


「今日は砂鉄を使った技を練習しようか」


「うん!」

シーナは武闘家の様に拳をドンっと胸元でぶつける。

何でそんな礼なのか・・・何かシーナにはどことなく武力馬鹿の気配を感じるのは気のせいだろうか・・・


「砂鉄」とは土に含まれていて磁石にくっつく黒いアレだ。

そんな物で何を?と思うだろうが、魔力で操作すれば実に応用性があり攻撃や防御においての地龍の基本的な技の一つだ。


「先ずは鉄輪陣!防御用の盾を作るわよ!」○○陣と言うのは「○○魔法陣」の略称である。

一応呪文の詠唱もセットなのだが作者が恥ずかしくなって悶えるので省略している。

決して手抜きでは無い!年齢と共にそう言ったモノを考えて書くのが何故か恥ずかしくなるのである。


理由は知らん。


重力操作の魔法で周辺の土から砂鉄を取り出して自分の周囲に纏うエレン。

宙に浮いた砂鉄三重の渦を作り出し形を作り始める。

そして見る見る間に黒い3枚の鉄の盾になる。


エレンの盾の強度は普通に鉄の強度なのだが熟練者になると鋼鉄を超える強度にもなる。


「おおー、これが土魔法!」初めて見る土魔法に感動しているシーナ。


今度は物質操作魔法を使い、地中より取り出した砂鉄を円形に圧縮して行き直径30cm長さ1mほどの円柱を作り、「それ!」ドオオオーーーンン!!

円柱を目の前の天然岩石にぶつけると見事に岩石に突き刺さった!


余談だが地龍王クライルスハイムの鉄輪陣の盾の強度は13(ダイヤモンドより硬い)の直径20mの盾を200枚以上を作り出して変幻自在な動きで敵の攻撃を無効化する・・・らしい。


要するに凄すぎて何の参考にもならない。


「次は魔力を全力で行くよ!」


そうしてエレンが作り出した盾は直径1mで強度は5、数は7枚・・・

地龍としては、まだまだエレンの魔法の修行が足りていない。

人間の冒険者の技量基準にエレンの魔法技術の能力を当てはめるとBランクって感じだろう。


地味にエレンは「脳筋」なので魔法は得意では無い。


話しをもどすと鉄輪陣の最大の利点は土があれば材料の調達が必要ない点である。

ほとんどの土には含有量にこそ差があるが砂鉄は含まれているからだ。

たまに無い地層もあるが。


「次はこれに「火炎」の魔法を仕込んで敵に撃ちだす!」

エレンお姉さんが気合いを入れ魔力を注入すると次第に盾が円槌に変化して炎を纏い加熱され鉄が焼けて真っ赤になる。


熟練者になると先端を尖らせて貫通力を高めた徹甲弾にしたり、敵にヒットした瞬間に爆発させたりして更に殺傷力を高める事も可能だ。

つまり自身の魔力が続く限り魔法砲弾を作り続ける事が可能と言う訳だ。


エレンが作った槌は直径30mm長さが30cmの円槌だ、先端が尖って無いので貫通力は低いが相手を後ろにぶっ飛ばすのに有効だ。


その円搥を10個ほど作り、「えーーーーい!!!」

ドンドンドン!ドンドンドンドン!!!目標の岩石に炎を纏った槌が突き刺さる!

そしてここからが鉄輪陣の本領発揮だ!


「鉄鎖捕縛陣!!」


撃ち出した鉄槌は別の技に即再利用が可能だ。

元が砂鉄だから形に対する流動性が高い、魔法で砂鉄固めているだけなので、焼きを入れて錬成されたインゴットと言う訳でもないので凝固を解いての変幻が自在なのだ。


槌が焼けた鎖に変化して岩山に絡みつく、高熱の為に岩山から「ジジジジ」と黒煙が上がっている。

このまま相手を焼くのもよし捕縛するも良し絞め殺すのも良しだ。

ハッキリ言って生物に使うと結構エグい攻撃だ。


「砂鉄の基本的扱いはこんな感じかな?」

エレンがシーナに「ほれ次やってみ?」と催促する。


「わかった!やって見る!えーと!鉄輪陣!」

シーナが覚えたての重力魔法と物質操作の魔法を使い土から砂鉄を集め始めるが盾に出来る程には集まらない、魔力操作が未熟だからだ。


「うぬぬぬぬぬぬぬぬう!!」


顔を真っ赤にして頑張るシーナだが砂鉄がマダラに自分の周囲を回るだけだ。

まぁ生まれて初めての土魔法を使い砂鉄を土中から取り出せるだけ驚異的なのだが。


シーナに才能以上の何かを感じる。


「ぷはあ!ダメだぁー」集中力が切れたシーナ。

同時に周囲のせっかく集めた砂鉄が霧散して地面に落ちてしまう。


「うふふふ、上出来だよシーナ、これからは鍛練あるのみだね」


「うん!」


それから3時間ほどの魔法の鍛錬を終えて湖から街に帰って来た二人は、地琰龍ノイミュンスターに呼び出される。


「最近、魔族共がこの国に侵入しているとの報告が来た。

二人は単独行動はしないで常に大人と一緒に5、6人で行動する事。

湖は龍都の防御機構の外だから安全が確認されるまで行くのは禁止だ」

地琰龍ノイミュンスターは真剣な表情で2人に伝達する。


「魔族・・・ですか?」南の大陸出身のエレンの眉間に皺がよる。


エレンが生まれた200年程前の南の大陸では魔族と真魔族&エルフ同盟が激しい戦争の真っ最中の時代でエレンの父と母はその対応の為に常に家を不在にしており、幼いエレンはとても寂しい思いをしたのでその原因の魔族が大嫌いになったのだ。


「魔族って北の大陸にいるんだよね?なんでこの国に来ているの?」

ここは中央大陸なので首を傾げて不思議そうなシーナ


一応魔族も「ユグドラシルの瞳」を受けた種族の一つだ。

しかし他の「世界の守護者」とは違い他種族と協力する事も無く、独自の勢力拡大のみを目指している。


魔力を開放した魔族の姿は見た目は、翼があり角が生えているので悪魔と間違えられる事も多いが悪魔とは全然違う存在でどちらかと言うと種族的には人間にかなり近い。

と言うより人間が進化した先が魔族なのだ。


余談だが、この魔法の世界では悪魔や天使などは完全に別の次元の存在で、この世界に顕現する事はほとんど無い。


仮に悪魔が顕現したとしても龍種の方が圧倒的な力を持っているので、悪さを働いてもあっと言う間に蹴散らされるだけで悪魔の方が魔法の世界を嫌って出て来ないのだ。


天使に関しては良く分からない。


『天使さんですか?さあ?別の系統の神の眷属なのでほとんど会った事は無いですねぇ』

と女神のハルモニアが言ってるくらいなのでマジで誰にも天使がどんな存在なのか分からないのだ。


ただ実際に居るには居るらしい。


地龍が地龍王の山やスカンディッチ伯爵領から世界を監視をしているのは悪魔とかの超常の存在よりも碌でも無い事をしでかす世界の住人に対して警戒しての事だ。

警察と同じ様な感じだと思ってくれて良い。


比較的、魔族が悪だと槍玉に挙げられる事が多いが種族問わず悪い事をする奴は居るので魔族=悪との図式にはならない。


何分に龍種は同族の龍種の悪人の事を特に厳重に警戒しているくらいなのだ。


奴等は同族の進化間際の竜種や若い龍種を捉えて使役し兵器として利用する事があり竜種、龍種の共通の天敵と言っても良い、悪しき存在だ。


人間に置き換えると「奴隷商人」の様な連中でとにかくタチが悪い。

この様な存在を「はぐれ者」と龍種達は表現する。


その「はぐれ者」は現在魔族やゴルド王国の人間と共闘する事が多い。

対龍種用の専門の結界のせいで奴等の領域だけは龍種の力が及ばないので連中に捕らえられると捜索や救出が非常に困難になるので捕まらない様に最大限な注意が必要になる。


「おそらく奴らの目的はシーナだ。

捉えるなら天龍や海龍より同じ地上にいる地龍の若者の方ががやり易いからな」

ノイミュンスター様がシーナとエレンに再度注意を促す。


「どこに潜伏しているのか分からないの?」

かなり深刻な話しになって来て真剣な顔のシーナが尋ねるが、


「残念ながら奴等は特に隠蔽の魔法に長けているから捜索は困難だな。

本国(地龍の地下都市)でも索敵範囲を大幅に拡大しているが今の所は収穫無しだ」

神の眷属たる龍種も全知全能では無いと言う事だ。


いや神様自体がアレなので・・・・・・・・・・いえ、何でもありません。


なんとも不穏な話しに二人は更に不安そうな顔になる。

するとエレンお姉さんが意を決して、「シーナは本国に行かせるべきです!」と進言する。


「エレンちゃん?!」いきなりのエレンの提案に驚くシーナ。


「うむ、それはもう本国でも検討に入っている。

数日中にはお主と共にシーナは本国に疎開させるから準備をして置く様にな」

ノイミュンスター様は本国からの決定事項を二人に告げる。


「えっ?本国?あたしは行きたくないよ?この町から離れるのはいやよ?」


「お主は敵の最優先目標だ。

今回に関してだけはシーナの意見や意思は考慮出来ないのじゃ。


エレンと共に本国へ行け、これはお主だけの問題ではないぞ?

エレンや護衛についている者達の安全にも関わる話しじゃ。

自分の我儘で皆を危険に晒して良いのか?」と正論でシーナを諭す。


「うっ・・・んー、むう・・・うう~」

ブスっと膨れるシーナだが、狙われている者を護衛するのは非常に難しい。

それなのに人間の街に置いておくほど地龍は愚かでは無い。

誰かを犠牲にして得る自由は認められないのだ。


シーナもその事は内心で理解しているので、これ以上は必要以上には食い下がらなかった。


「まあ本国に旅行に行くと思えばいいじゃない、私は結構楽しみよ」

シーナの頭をヨシヨシしながらエレンお姉さんがシーナに微笑む。


「むー」理解はしているが不満は不満なシーナだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



場面は変わる。


スカンディッチ伯爵領より南東へ150km地点にあるアスティ公爵領。

建国以来400年続く由緒正しき筆頭公爵家が治める領地だ。


この地方は肥沃な耕作地が広がり国内屈指の穀倉地帯である。

更に歴代の当主と領民達の努力により王都に劣らない賑わいがある。


国の賢臣と言われ過去には3人の王妃を輩出した名門中の名門アスティ公爵家・・・

しかし哀しいかなどんな時代でも愚かな者は現れるものだ。


現当主のイタロ・フォン・アスティ公爵がその筆頭とも言える。

前当主の兄の突然の病死により若干16歳でアスティ公爵家を継いだのだが若くして権力を持つと駄目になる典型的な男である。


己れでは何も成して無いのに父や兄そして祖父達が身を削り得た功績だけを享受する典型的な貴族の馬鹿息子だ。


得てしてこの手の馬鹿者は外からの巨悪の計略に簡単に掛かる。

そしてこの男がシーナ放逐を1番積極的に後押しした人物である。


「父上!何なのですか?!あの者達は?!」一人の青年が父のイタロに対して激昂していた。

マッテオ・フォン・アスティ、アスティ公爵家の三男坊で歳は19歳で軍人だ。


普通高位貴族の子息の普通は華やかな騎士や上級文官を目指すのだが「どちらも性に合わん」と軍人になった変わり種の男だ。


「煩いぞマッテオ、あの者達は私が雇ったのだ」

いかにも煩わしそうなイタロは手をシッシと振って自分の執務室からの退室を促すがマッテオも一歩も引く気は無い。


「雇った?どう見てもこの大陸の者に見えないのですが?

西の大陸でゴルド王国の不穏な動きの話しは父上のお耳にも入ってるはずですが?」

怒りのせいでマッテオの声のトーンが低くなっていく。


「だからこそだ!この機会に西の者共の力を我々が吸収し絶大な力を得てアスティ公爵家が王家に変わる絶好の機会なのだ」とイタロは得意気に言い切った。


「・・・・・・・・」

愚か過ぎて話しにならないとマッテオは思った。

西の大陸は長年に渡り群雄割拠の修羅の大陸だ、平和ボケしたこの国の公爵如きがどうこう出来る相手ではない。


そもそもイタロが引き摺り下ろそうとしている自国の王、ヤニック・フォン・ピアツェンツアが長年に渡り過酷な戦場で生き延びた猛者だと言う事をマッテオは知っている。


その事をマッテオが指摘すると、

「陛下が戦に出てた?馬鹿言え、そんな話し聞いた事も無いわ。

ふん・・・王妃の尻に敷かれた軟弱者が戦など出来る訳が無かろう」

そう国王を貶して大笑いするイタロ。


「ふう・・・その事実を伝えられて無いのは父上が王家から信用されてないからなのでは?」


「なんじゃと?」


息子に事実を言われてイラつくイタロだが、お前さっき王家を引き摺り下すとか何とか言ってたじゃねえか!そんな奴が信用されてる訳があるかい!

・・・と、この様に、その場その場で芯がぶれまくる男なのだ。


マッテオは以前、ヤニック王とフィジーと言う海辺の街の西部地方を荒らしていた野盗の討伐を行った事があったが、ヤニック王の余りの強さにドン引きした事がある。


普通に剣も持たず丸腰のヤニック王は1人野盗の砦の正門にスタスタと歩いて行く

周囲の護衛は誰も止めない?!思わず「危険です!ヤニック陛下!」と叫んで飛び出したマッテオだが・・・


「ん?大丈夫だぞ?アイツにしたら、ここの野盗の相手なんざウォーミングアップにもなりゃしねえよ」


そう言ってヤニック王の専属侍従のクルーゼ・フォン・エスピナスに笑われたのだ。


「そんな馬鹿な!」とマッテオは思ったが・・・その直後。

ドオオオオオオオンンン!バキバキバキバキ!!ガゴオオオン!!

ヤニック王は頑丈な鉄の扉を蹴り飛ばして中に入って行き・・・

野盗の砦の中からおよそ人間が起こす音とは思えない轟音が鳴り響く!


「な?アイツは「素手」の方が強えんだよ」


「そんな馬鹿な・・・」


30分後・・・音も鳴り止み、何事も無かった様に砦から出て来たヤニック王が、

「クルーゼ、制圧終わったぞ。全員捕えて「懲罰農場」に放り込んでおけ」


「はいよ、行くぞお前達」

そう言って、慣れた様子でクルーゼが部下を引き連れて砦の中に入って行ったので、慌ててマッテオも砦に入って行ったのだが・・・


「これは・・・龍が暴れたのか?・・・・・・」

砦の内部は完全に破壊し尽くされていて、野盗150人ほどがボコボコの状態で広場の中央に集めて固められていた・・・


全員が身を寄せ合い、小さくなってガタガタ震えている。


「龍っつーよりは「虎」だな、ほらお前もとっとと拘束の手伝いをしろよ、

コイツらを連れてもう帰るぞ。

おい・・・お前らも大人しく良い子にしてねえと、またアイツをけし掛けるぞ?」

そう言って野盗達を睨むクルーゼ。


「ひぃいいいいいい?!?!」恐怖の余り悲鳴を上げる野盗に、

「化け物・・・化け物・・・」ガタガタ震えてうわ言の様に呟いている野党。


「マッテオ様も早く慣れて下さいね」

国王親衛隊の兵士が笑いながら野盗達を拘束して行く。


「私達が一緒に戦いに行くと陛下の邪魔になるんですよ。

だから毎回、陛下が食い潰した残飯の後始末がメインになるんですよね」


「そして毎回、早く王妃様に会いたい陛下は先に帰るのがお約束です」


「ええ?!陛下!1人帰っちゃったんですかぁ?!」

思わずマッテオが後ろを振り向くとヤニック王の姿は既に無かった・・・


「ああ、アイツ「転移」の魔法が使えるからな」


「転移魔法・・・」

言うまでも無く、転移魔法は魔法の中でも最上位難易度の魔法だ。

しかも触媒も無く魔法陣も描かないで魔法を行使したヤニック王に戦慄するマッテオ。


そしてヤニック王が消えても未だに怯え続ける野盗達。


「お前ら次は無いぞ?今度何かやったら殺す・・・あんまり俺の手を煩わせるなよ?

世界のどこに逃げようが俺は追いかけるぞ?良いな?」

とヤニック王に思い切り脅されているからだ。


実は短い休暇を利用して王妃ファニーと王女ラーナと一緒にスカンディッチ伯爵領へ旅行に行く計画を立てていたのだ。

無論、自分の娘のシーナに会う為にだ。


それがフィジーからの救援要請で潰されてヤニック王はかなりイラついていたのだ。


そして王女ラーナから・・・

「旅行が中止?!?!酷いですお父様!お父様とはもう口をききません!」

何て事を言われた日にはヤニック王の内に秘めた「神虎」が出て来ても仕方ないだろう。


「神虎」と言うあだ名は龍種が付けたモノだ。

龍種からここまで言われると言う事はヤニック王も普通の人間とはかけ離れた存在だ。

と言うか、ぶっちゃけると「勇者」の1人だ。


野盗の砦の前で超不機嫌なヤニック王が、「俺1人でやる・・・」と言うと・・・


「どうぞどうぞ」総員笑顔でヤニック王を送り出したのだ。


王妃ファニーと王女ラーナが絡むとヤニック王は激烈に機嫌が悪くなり、その本性を現す事を良く知っている国王親衛隊は余計な事を言わずヤニック王の八つ当たりを黙認するのだ。


そんなヤニック王をこの父親が引き摺り下ろす??

逆に三枚おろしにされるのがオチだ。


「なるほど・・・解りました、失礼します」

この時には父親に完全に愛想を尽かして、これ以上の話し合いは無駄と判断し部屋を後にするマッテオ。


国外の勢力を領内に引き入れてしまったのでは一刻の猶予はない。

急ぎ王都へ帰還し宰相閣下や兄達と協議せねばなるまい!と足を早めるマッテオだった。

あの父親はどうでも良いがアスティ公爵家は守らねばならん!


ピアツェンツェア王国に不穏な風が流れ出す。

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