今日の母飯
花恋亡
母飯をはじめるに当たって
世の中には「お袋の味」なるものが存在します。
私にとってそれは些か奇妙なものだったのです。
この話を進める上で、私と母の事を少し語らなければと思います。
ある所に、子供を駐車場に残しパチンコに行き、煙草と酒をこよなく愛す男がおりました。
ある所に、塩分を摂らせて高血圧で旦那を殺してやると電話口で友人に
このパチンカスヤニカスサケカス男と、不倫に明け暮れるクズ女の元に不幸にも末子が誕生してしまいます。
この末子はそれは大層可愛らしく、物理的に目に入れても痛く無かったとか。
宴会大好きな男は酔ったノリで哺乳瓶の中身をビールに変え、それを飲ませては笑いを取ったそうな。
こうして阿呆のサラブレッドはすくすく成長していくのですが、三歳か四歳頃に分岐点が訪れます。
ある日、唐突に、この子供は女に拉致られます。
そして女の実家で逃走用の荷造りが終わるのを待たされておりました。
しかしその時の男の五感はキンキンに冴え渡り、事態を素早く察知し子供を取り返しにやって来たのです。
去って行く子供に女は「お前はお母さん要らないのか」と叫んだとか叫ばなかったとか。
そしてこの日から数ヶ月の間、女が子供を取り返しにやってきては包丁を振り回して暴れ周り、男の怒号は響き渡り、子供はトラウマから見事に先端恐怖症になるのですが、大した話しでも無いので無視をしましょう。
こうして晴れて父子家庭で生活する様になった子供も気付けば小学六年生になりました。
この時に所属していた友達グループと対立グループの仲が悪化し学級崩壊を起こします。
ボイコット、三階から椅子が降ってくる、ドアの嵌め硝子を連日割る、下駄箱をボコボコに破壊するなどのお茶目が炸裂しますが、これも大した事では無いので無視しましょう。
そうして子供は無事に中学生になりました。
しかし、数ヶ月後に男が末期癌になり余命三ヶ月を宣告されます。
子供は世を儚み、思い悩みました。
そしてその末に、父と暮らした家には毎週末バイクが何台も停まる様になり、心配した近所の人に通報されたりしますが、これも無視で良いでしょう。
そんな子供は奨学金の恩恵宜しく、高校進学。
卒業。
就職。
退職。
専門入学。
就職と日々を生きて行きます。
そうこの子供は私です。
私の名前などは重要で無いので、リホでもタオでもアンジェリーナでもキャメロンでも好きに呼んで下さい。
まぁアンジーが妥当でしょう。
アンジーにしましょう。
そして男は父です。
女が母です。
私は成人するまで二回程しか母には会いませんでしたし、会いたいと思った事もありません。
そして私は就職した会社の本社勤務を数年した後に、支店への転勤が決まりました。
そう、この支店が母の住処のすぐ近くだったのです。
運命の悪戯か、徒歩にして七分。
ですがだからと言って行くつもりもありませんでした。
そんな中、とある日、大きな地震がありました。
私はふと「タンスの下敷きになってるかも」と思い様子を見に行くことにしました。
この出来事がきっかけで仕事が終わると顔を出す習慣が出来ました。
そしてなんやかんや月一万円で昼食を作ってもらう事となったのです。
かくして私は二十余年越しのお袋の味を体験する手筈と相成るのでした。
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