15. 先生の秘密

 先生には秘密がある。それを知ってしまったのは、偶然なのか必然だったのか。あの日も先生に勉強を教わる予定で、私は夜にいそいそと出かける準備をしていた。


「今日も行くの? よく続くね」


「あなたに言われたくないわよ。お互い様でしょ?」


「意味が全然違うわ」


 夕食後は、いつものようにエディスの部屋で勉強会。これはたてまえで、実際は女子会だ。この春から学園に通うまでは、本当に勉強をしていたけど、この半年ほどはただの集合場所。


 私に大失恋をして引きこもりになったエディスを立ち直らせたのは、なんのことはない彼女の婚約者のお兄様だった。

 毎晩、学園から戻ると、エディスのドアの前に立って、その日の出来事をエディスの国の言葉で話す。そして、摘んだばかりの薔薇を一本置いて去る。


「どこのキザ男か!」と思ったけど、さすがにお兄様はあの「お母様のストーカーと呼ばれたお父様」の息子。エディスが根負けしてドアを開けるまで、それを続けた根性は尊敬に値する。

 でも、そこまでするなら、最初から仲良くしてほしかった! 私、なんのために怒られたの?


 今となってはあの失恋事件は笑い話。私たちは未来の義姉妹として、大親友の間柄だ。同じ歳の王族として、公務でも一緒のことが多い。


「エディス、待たせたね! 会議が長引いてしまって」


 お兄様はノックもせずに部屋に入ってきたかと思うと、そのままエディスを抱きしめて熱いキスを交わした。


 親友と兄のラブシーン。見慣れているとは言え、こっちは恋人もいない寂しい身。もうちょっと気を使ってくれてもよくない? あの父親にしてこの兄あり!


「お兄様、もうちょっとだけ我慢していただけます? すぐに出ていきますから!」


「なんだ。お前、まだいたのか」


「すみませんね。もう出ます。二時間後には戻りますから」


「遅くなっても構わないぞ。なんなら、泊まってこいよ」


 無理。泊まるどころか、先生は夜十一時になると、私を部屋から追い出す。


「私は節度を知ってるの!  お兄様もエディスの卒業までは妊娠させたらダメよ。お父様も言ってたでしょ?」


「俺は母上の胎内で授業を受けた。おかげで、お前と違って生まれつき頭がいいだろ? 後継者が賢くなるのは道理にかなってる」


「それ、どう考えても屁理屈。お兄様は単にえっちしたいだけじゃない」


「愛し合ってるんだから当然だろ? 二時間じゃ足りないんだよ」


 何をぬけぬけと。そりゃ、エディスの胸が大きくなったのはうらやましいけども!事後は肌もつやつやだしね。


「あー、もうやめてっ。ティナ、本当にそろそろ行かないと!」


 真っ赤な顔をしたエディスが、この不毛な兄妹喧嘩を止めてくれた。


「邪魔者は消えるわ。お兄様、二時間ですから! それ以上はダメですよ」

「分かったよ。じゃあ、後でな」


 二人が寝室に消えるのを見届けてから、私はドアに内鍵をかけた。王宮の部屋には、王族しか知らない隠し通路への扉がある。そこからなら、誰も私がこの部屋を抜けた出したことは分からない。


 この通路は非常時の避難のためだけじゃなく、国王が後宮の愛人の部屋に通うための隠し通路だとか。今はもちろん、使われていない。お父様にはお母様に隠れて愛人を囲うような甲斐性はない。


 このことを知っているのは私達だけ。八歳で他国に養子に出た次兄とまだ離宮で暮らしている幼い弟妹たちは、もちろん知らない。つまり、ティーンエイジャーが夜遊びに利用する以外に使い道はない状態だった。


 宮廷医の先生の部屋は、王族の居住区の中にある。国王の健康を守るという役目なので、お父様たちの部屋のすぐそばだ。もしお父様に見つかったら「お母様に会いにきた」とでも言えばいい。


 とは言え、お父様とお母様は毎晩九時以降は部屋から出ないし、部屋には鍵がかかっていて誰も二人に近づけない。公務で忙しいお二人の唯一の憩いの時間なんだそうだ。まあ、つまりは夫婦の営み? そういうことなんだと思う。


 先生の部屋の裏側にあたる壁を通りかかったところで、微かに女性の話し声が聞こえた。今夜は誰か来てる。こんな時間に先生の私室に? 先生が部屋に女性を入れるなんて嘘っ!


 いつもなら素通りするのだけれど、今夜は持っていた聴診器を壁に当てた。


 なんでこんなものを持っているかって、それは私の宝物だから。小さいときに先生から「お医者さんゴッコ用」とせしめてから、いつでも先生とゴッコできるように、今も持ち歩いている。ちなみに、拡声魔法が付与された本格的なもの。スパイ行為は任せなさいって代物だ。


「こんなこと、もうやめたいの」


「ダメだよ。月に一回という約束だろう」


「頻繁すぎるわ。カルに知られたら」


「約束だろう。君は一生をかけて僕に……」


「分かってます。でも……」


「妊娠するたびに弱っていく。君の体のことは、僕が一番分かっているんだ」


「愛する人の子供を産むんですもの、そのくらい平気です」


 お母様の声だった。

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