第6話

6 In the midd



 空には亀裂が残り、地には奈落。そしてその底には赤色の溶岩。まるで原初の世界に回帰した風景。

 かつての物質と命だったものは全て溶け、半分は赤に飲まれもう半分は単純なエネルギーとして置換された。

 今日はどんよりとした重い雲が空を覆っていた。そのせいか目覚めが遅くなってしまい学校に遅刻してしまいそうで嫌な気分だ。

 「サナ!起きてるー?ケイくん来てるわよー!」

 私は重い身体を起こして少し伸びをする。それでもまだ身体は眠いまま。あぁ、憂鬱だ。でも、今日行ったら休みという事実が私の心を引っ張る。カーテンを開けると少しだけ部屋が明るくなった。私は自分の部屋に出て一階にある洗面所に向かった

 「ママ〜!今日朝ご飯食べれないから帰ってから食べるね〜!」

 朝食を食べていては間に合わない。そう判断した。

 「全く...ケイくんサナの分も食べて良いわよ。」

 「お、まじすか?有難うございます!!」

 彼の元気な声はよく聞こえた。彼の幼さを隠さないところは可愛げざあると思った。

 私は蛇口を捻って水を出し、手を皿のようにして溜めた水を顔にかける。横では洗濯機がゴウンゴウンと大きな音を立てて回っている。歴史の時間に習ったけど、洗濯機などの電気的な機械のほとんどは昔の技術を使って作っているらしい。こういう話を聞く度に大昔の人は頭がいいなぁと思うし、大昔に生まれたかったとも考えてしまう。だって大昔は板一つで友達と連絡を取ったり、音楽を聞けたりしたらしいんだよ。そんなのずるいよ。

 霧吹きで自分の髪を全体的に濡らした。朝は時間がなくてあまり髪に時間をかけたく無いが、自分を少しでも可愛く見せれるならやらない他はない。自己満足というやつだ。そもそも、他人に不快感を与えない見た目をするという事は社会上の常識であるのだが。

 全体的に髪が濡れたのを確認したら、櫛を使って寝癖を治し、ドライヤーを温風にして乾かす。そして最後に冷風に切り替える。髪が終わったら次は服だ。再び私は自分の部屋に戻り、パジャマを脱いで白色のYシャツを手に取る。そして上から一つずつボタンを閉めていく。次に白色のタイツとスカートを履いて少し折った。最後に青色のジャケットを羽織った。将来はもっと過ごしやすい地域に行きたい。なぜならここアラムーラでは暑すぎて黒色の服を着れないからだ。服のバリエーションが減るのは非常に好ましくない。

 制服に着替え終わったら下の階に降りた。

 「おはよ、ケイ。」

 彼は右手を挙げながら私の方に振り返った。彼の頬にご飯粒が付いていて少しクスッと笑ってしまった。

 「ほら、学校行くよ。」

 彼は急いで朝ご飯を平らげて自分のバックを持って玄関に走っていった。

 「ご馳走様でした!」

 二人で家から出て自転車に乗った。追い風が吹いていて漕ぎ易い。

 「サナ、今日の授業さ...」

 風切り音がうるさくて彼の声が聞き取れなかった。

 「なんて?」

 「だから!今日の授業って何があるの!」

 「歴史!古代学!数学!理科!体育!家庭科!」

 日程としては1週間で1番嫌いな日程だった。なぜなら5時間目に体育があるからだ。昼食を食べた後に運動なんて。そんなことをしたらお腹が痛くなってしまうに決まっている。

 「歴史か〜やだな〜。」

 「いいじゃん先生ノート取らなくていいって言ってるし。何もしなくていいんだから。」

 「でも暇なもんは暇だよ。1時間目からやりたく無い。」

 「別に1時間目寝れば良いだけじゃん。私もそうするし。それよりも古代学だよ。なんのためにあるのあれ。」

 2225年から現在を歴史、それより前を古代という。確かに人間が過ちを繰り返さないために歴史を学ぶ。というのは分かる。それはそれとして私は歴史を動かせるような人間にはなれないから寝るけど。でも古代学は謎だ。だって古代学の時代には魔法が無かったらしい。そんな今と違いすぎる時代のことを学んで何があるの?って感じだ。

 「先生が面白いから良くね?それにほら、古代学って漫画みたいで面白いじゃん。ほら、古代の超技術で造られた大砲だとか建築だとか。」

 「そんなの...もう勉強じゃなくて漫画よ漫画!なんで私が興味ない漫画を読むことを強制されるのって!」

 「それは...まぁ...うん。そうだな。」

 「でしょ?私はやなの。」

 そのまま気さくに話してるうちに学校の駐輪場に着いた。

 「ね、ケイそろそろそれ。」

 彼の首には赤色の宝石のついたネックレスがあった。これは彼の祖父から貰った大切なものらしい。

 「あぁそうだな。」

 彼はネックレスを取ってブレザーの内ポケットの中に入れた。

 「お前らもっと早くこれねぇのか?」

 教頭先生が少しガラガラとした声でそう言った。厳しい所もあるが、優しくて授業も楽しいので生徒に人気な先生である。

 「さーせん。それより誕生日おめでとうございます!!」

 ケイはそう言いながらその先生に頭を下げた。

 「ちょ、ケイ!あぁ、おめでとうございます。先生。」

 私もケイと同じように頭を下げる。まずは謝るべきだったかな。

 「この歳になって誕生日祝われても嬉しくねぇーよガキ!はやく教室行け!」

 先生は彼の肩を叩いてそう言った。

 「すいませーん。それじゃ、部活の時に!」

 私も先生に会釈をして二人で教室に向かって走っていった。

 「おい!ケイ!お前は昼掃除だ!!」

 遅刻常習犯である彼には当然の処罰だった。

 「わかってますよー!」

 階段を素早く駆け上がるには体力を使う。

 「ま、待って!」

 彼は一段飛ばしでジャンプするように走っていた。

 「おせーよ!ほら!」

 彼は私の方を振り向いて笑う。私は怒られるのが嫌で少し嫌な気分なのに、ケイは笑っている。慣れっこなんだろうな。

 「遅れてすいません...」

 私は謝りながら先に教室に入り、その後に彼が入ってきた。

 「ハラケーまたかよ〜!」

 「またやっちまった!へへっ。」

 こうやって二人で遅刻すると大体の視線とか注目が全部彼に向かって有難い。私は彼が注目を集めている間にに席につくことにした。

 「朝の会の途中だぞ〜。ハラヨシ、席につきなさい。」

 彼は中央左側の1番後ろの席についた。

 「えっと、明日からテスト週間だから部活が無くなるのか。あーそれくらいだな。挨拶!」

 担任は良くも悪くも仕事人という雰囲気であり、必要と不必要を考えて判断しろという説教は教室でネタにされたりしている。

 「起立、礼!」

 朝の会は手早く終わった。

 私はバックからノートと教科書を取り出し歴史以外を自分の机の中に入れた。

 「ねぇサナちゃん。今日どうしたの?」

 「え、あぁ昨日歴史の勉強してて...テスト近いしさ。」

 「あーね。じゃあ今日の歴史は寝れないね。」

 委員長の彼女は確かに善良な人間ではあるが、少々正論が痛くて私は苦手だった。

 「いや、無理無理。寝るから。絶対に寝る。」

 「だからそうするから...あ、そろそろ着かないと。」

 「そうだね。」

 そうやって下らない会話をしているうちにチャイムは鳴った。

 「授業するぞ〜。」

 歴史の先生はまるで歴史に出てくる老将のような見た目だ。

 「じゃあ今日は教科書67ページ、世界内戦中期から北伐までをやるぞ。」

 指示されたページを開く。後ろではケイを含め男子達がニヤニヤとしていた。おそらく原因はケイの机に置かれた濡れたタオルだろう。

 「世界内戦の中盤、世界は北側のライヒステート軍閥と南側のグルズデルフィン軍閥で二分していた。483年この二つの軍閥は歩み寄り、バベルタワー会談によって平和統合を目指した。」

 「だが平和統合望まないグルズデルフィンに敗れた軍閥残党兵によるテロが行われ、当時の...」

 彼の声は私にとって子守唄のようなもので私は催眠にかかったように首を落としてしまう

 「ゲン・スラベルはそして北伐を宣言しライヒステート軍閥に戦線を布告...」

 「特に第四次バベルタワー戦役では...」

 「523年北伐を完了してグルズ...」

 「...の死後、政権を維持できなくなった統一政府は再び崩壊...」

 この辺りでもう授業前半の記憶はない。

 「おい、うるさいぞそこら辺。」

 先生の声で私は目を覚ました。ケイは左手に持っていた濡れタオルを机の中に隠した。

 「ケイスケお前さぁ...お前はいいけどみんなが迷惑してんの。」

 「はーい。」

 「はーい。じゃない。テスト点が良くて提出物をきちんと出してるからって授業でふざけても良い訳じゃないからな。」

 悔しいことに彼は元々地頭がかなり良い方で何もしてなくても点数を取る。この前の定期も学年一位だった。正直腹が立って仕方がない。私は頑張って頑張って勉強しても学年四位が限界だったのに。

 「わかってますよ。」

 「じゃあケイスケ、ここ読め。」

 歴史の先生はケイがお気に入りらしい。多分、理由としては彼が勉強できるということよりも、彼の担当であるサッカー部のキャプテンだからというところが大きいのだろう。

 先生が彼のところから去ったあと、私は目を閉じた。

 「はい今回はここまで。立て!」

 それは私にとって魔法の呪文だった。起床の呪文?とでも言っておこうか。

 「起立、礼。」

 「じゃ、テスト頑張れよ〜。」

 そう言い残して歴史の先生は去っていった。

 「ね、ケイ。授業中何してたの?あのタオルなに?」

 「あぁあれね。タオル水で濡らして寝たやつの首元に当てるゲームしてたってだけ。」

 「サナも寝てたからやろうと思ったんだよね。」

 「それしたら殺すから。じゃ、古代学の支度してくるね。」

 「おう!」

 バックに歴史の支度を適当に放り込んで、古代学の支度を机から取り出す。

 「サナちょっと良い?」

 クラスの女子が私を呼ぶ。まぁ要件は想像に容易い。

 「ねぇねぇケイスケ君ってさ、サナちゃんに気があ


 バベルタワー500階 八尺瓊勾玉

 「ムーア総帥。頃合いですな。」

 「そうだな。射線上に奴は居ないが...それは欲張りすぎだな。それに狂乱の春の恩もある。見逃してやってもいい。」

 奴らが狂乱の秋の時に前総帥を殺害してくれたお陰で私は繰り上がりで総帥となった。この事は感謝するべきだろう。

 「はぁ、翳り暁の雄牛で帳消しのはずでは?

 あぁ、あの瞬間は何度でも鮮明に蘇る。彼のあの怒れる顔、そして腹を抉られ、目を欠損しながらも私に殴り掛かってくる狂気。素晴らしい。その情熱に私は惚れたのだ。

 「細かいことを気にしても仕方がない、ヘルムート君。」

 「えぇ、我らにとっては記念日になるでしょうが、旧派閥と議会の連中にとっては最悪の日になるでしょう。」

 360人委員会、その議会は既に軍の傀儡であるが、肝心の軍では制御派と自由派が存在し、その2つが対立している。つまり軍は事実上の第二の議会と成り果てていた訳だ。だがノアの反乱、狂乱の秋によって自由派の首長であったレーム前総帥が死亡し、自由派はもはや風前の灯と成り果てる...はずだった。

 「これでやっと対立が終わる。焼き討ちの第一条件はクリアだ。」

 しかしビスカヤ独立共同戦線の成立を防ぐためにモルゲンを壊滅させる作戦、翳り2号指令の際にノア旅団との戦闘が起き、モルゲン壊滅という作戦目標自体は達成したものの航空戦艦3隻の損失、そして翳り2号指令が彼によって世間に公表されるというアクシデント、重ねてビスカヤ独立共同戦線も成立、そのまま独立戦争に突入してしまうという大失態を制御派が起こした事により制御派は勢いを失い、再び自由派が台頭することで、また派閥対立は再開する。おそらくこの時に独立戦争を早期終結させていなければ私は首を斬られていただろう。

 また、この一連の流れは作戦名とモルゲンを焼き尽くす炎とその時期に見られた星座に因んで、翳り暁の雄牛と呼ばれることになった。

 「えぇ。奴らがアラムーラごと消滅すれば軍は完全に我々制御派のものになるでしょう。いっそ決起を早めても良いのでは?」

 「いや、予定通りで行こう。ここで大衆の支持を失えば我々の民衆の制御は確実なものでは無くなってしまう。」

 大衆が統一政府という存在に対して確固たる失望を抱いた時こそ我々の成すときである。功を早せば軍は完全に大衆の支持を失ってしまう。それは我々が望む制御に値しない。我々の望む制御とは、民衆を完全に制御する事にある。だからこそ、民衆の支持は必須であるのだ。そのためには民衆に見せる我々の姿は完璧でなければならない。

 「予定通り、恐慌に発展し社会が混迷した時にクーデターを開始する。これは変えられない。民衆は愚かだが、民意という確かな力を持っている。」

 再来月の予算会議でカルカァ財務大臣に失言させ意図的に金融不安を表明化させ恐慌に発展させる。慢性的な不況状態のこの現状において、その一撃は世界経済を赤の深みへの突き落とす一撃となるだろう。

 「ただ、クーデターまであの皮肉屋の太っちょの話を聞かなければならないというのは癪に障るが...彼には礎となってもらおう。」

 避けられぬ恐慌。だがその最後の一押しをしたのが360人委員会と知れば無思慮な民衆は失望を禁じ得ないだろう。止められぬ連鎖的恐慌、赤色の津波。それを即座に止める政策は存在し得ない。よって、議会の打ち出す政策は民衆から見れば失敗の連続に見えてしまうだろう。

 そしてそこで起こるクーデター。民衆は無能な議会よりも軍に支配される方がマシだと考えるはずだ。そしてそこで軍の政策が一定の成果さえ収めてしまえば、あとは語るまでも無い。

 腐ってはいるが聡明かつ現実的な委員会、360人委員会。我々にはその最もマシな選択をかなぐり捨てでも、成さなくてはならないことがある。

 「SLS(Solar Laser System)起動確認。八咫の鏡、壱から拾捌、信号確認。」

 古代兵器ATOT-306、八尺瓊勾玉。これはある二つの古代兵器の制御マシーンである。そしてこの二つのうちの一つ、それこそが古代兵機ATOT-307、八咫の鏡だ。この恐ろしく、簡易的な兵器は、太陽近辺に設置された角度変更が可能な超大型の凹面鏡と17枚の反射鏡で構成された兵器である。

 「座標指定、北緯41度20分37秒768、東経6度7分49秒335、壱番、角度指定4度、照射時間指定11秒。」

 私はアラムーラ数万の民に死刑宣告をした。彼らは約30分後には灰も残らず消えてしまうだろう。

 「了解しました。復唱、座標指定、北緯41度20分37秒768、東経6度7分49秒335、壱番、角度指定13度、照射時間指定11秒。」

 「信号送れ。」

 「了解、信号送ります。信号受信まで599、598、597、596…」

 八咫の鏡の制御機関である八尺瓊勾玉は月面のプラットフォームを介して八咫の鏡自体に命令を送る。この八尺瓊勾玉、月面プラットフォーム、八咫の鏡における通信はあまりにも距離が長すぎるため通信と攻撃には少々時間がかかる。

 「エリク...いえ、ムーア総帥、本当にやるのですか?」

 鍵穴とボタンのついた箱を持った女性が私の目の前に現れた。

 「フェルディナント大尉、選択の時はすでに過ぎた。今は犠牲で勝ち得た物をどう使うか考えるべきなのだ。」

 数年前、私は総帥特権で彼女に階級を与えた。だが反対する者は制御派には居なかった。なぜなら私の成した功績があまりにも大きかったのだ。凡人は哲人の前では等しく盲目となる。だからこそ私は世界の支配者たる者の一人であり、世界の暴力装置を操る者であれるのだ。憧れや恐怖は霧だ。その霧がかかれば、途端に人の本質を理解することが難しくなる。その人間真理こそがポリティカルコントロールを破壊した。

 「打ち砕かれた心と悔いる霊。」

 内ポケットから鍵を取り出して鍵穴に挿入し鍵を回した。すると赤いボタンが光り出す。

 「我々に福音が有らんことを。」

 そのボタンは想像より遥かに軽かった。

 「壱番作動開始。20秒後、壱番作動完了。」

 「18、17、16、15...」

 カウントダウンは続く。アラムーラの全てを焼き尽くすまで。

 「5、4、3、2、1、0。」

 「壱番反射開始。599秒後、指定座標到達。」

 モニターでは何枚かの鏡が角度変更をしていることを示している。

 「596、595、594、593、592...」

 煮えたぎる太陽。灼熱の爆風。その光は凹面鏡に反射されつつ圧縮される。すでに光の温度は例外を除いたほぼ全ての物質をプラズマ化させるほどであった。その光は一度鏡に反射し地球に向かって矢のように飛んでいく。そして地球軌道上に設置された16枚の鏡のうちの1枚に到達し、そしてまた1枚、また1枚と経由して地球を半周した。最後に光は地表に向かって落ちていく。

 そして瞬間、空が割れた。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る