第6話 魔人
魔人の突進はその巨体とスピードが相まって恐ろしい程迫力のあるものだった。
それこそ、過去の経験が無ければグレンも正面から立ち向かう事を諦めていただろう。
「……」
グレンは極限まで集中力を高め、魔人のスピードとリズムを合わせる。
そして、グレンを間合いに収めた魔人がその大剣を振り上げた瞬間、グレンは前に一歩踏み込んだ。
大剣の振り下ろしによる風を肌で感じながら、グレンは大剣の脇をすり抜けていく。
そして、魔人の脇本をスルッと抜けると、急速に反転した。
「まずは一撃」
その反転した勢いのまま、回転斬りを魔人の背中に食らわせる。
しかし、剣は魔人の肌に届く前に魔法障壁によってその威力を殺され、薄く肌を切るに留まった。
「ちっ」
グレンは舌打ちをすると、返すように振られた大剣を後ろに飛び退くことで躱すが、これでまた魔人との距離が開いてしまう。
「あそこまで硬いとは聞いてないぞ」
咆える魔人にグレンは顔を顰める。
魔法障壁を纏っているだろうことは想定していたが、剣もまともに通らないレベルだとは思っていなかった。
いくら安物の剣で、魔力の伝導率が悪いとはいえ、鉄の鎧位なら斬り裂ける程度の威力はあるはずだ。
「本当に、勘弁してくれよなっ」
グレンは地面スレスレまで体を屈めて前進し、魔人が薙ぎ払った拳を躱す。
そして、そのまま懐に潜り込もうとしたが、続けて振り下ろされた大剣にそれを阻まれる。
「『凍結』」
魔人の大剣を横飛び退くことで避けたグレンは、そのまま魔人と距離を取ると魔法を詠唱する。
グレンが詠唱を終え、地面に手をつくと、手元から地面が凍り始め、そのまま魔人の大剣も凍らせ始めた。
「だよな」
しかし、大剣を氷漬けにすることは叶わない。
魔人は最も容易く大剣を地面から引き抜くと、グレンに向かって大剣を振り下ろす。
グレンも魔法が効かないことくらい想定済みだ。
グレンは振り下ろされた剣が自身に届く前に、その懐に入り込むと、そのまま魔人の無防備な胴体を数回斬り付ける。
先程同様、その傷は浅いがダメージを与えるのが目的ではない。
軽く切り裂かれた程度ではあるが、それに怒りを覚えたのか、魔人は唸りながら左手を振り払う。
それはグレンの狙い通りの動きだった。
グレンは振り払われた左手を足場にして、飛び上がると、剣に魔力を送り込み、その首を斬りつけた。
「想定……通りっ!」
安物の剣では限界がある。
グレンとしては出来る限り魔力を込めたつもりだが、その剣は魔人の首に僅かにめり込んだのみで止まる。
そんなグレンは追い払おうとメチャクチャに大剣を振り回す魔人だが、グレンは今度こそ、間合いを開かせまいと紙一重で攻撃を躱し続ける。
当然、魔人の体力は無限ではない。
グレンは僅かにだが、魔人の動きが鈍った瞬間、懐に深く潜り込む。
そして、その姿を一瞬見失った魔人の隙をついたグレンは剣を逆手に持つと跳び上がり、そのまま魔人の右眼に剣を突き立てた。
……感触が鈍い。
その感触の違和感に気がついた時には手遅れだった。
全身の血の気が引く。
グレンが突き立てた剣は魔人の右眼を貫くことに成功していた。、
しかし、それは咄嗟に掲げられた魔人の手のひらを貫通して、だった。
「まずっ……」
魔人は痛みに吼えながら、剣を握ったグレン事地面に叩きつける様に腕をふる。
予想外の状況に体が固まっていたグレンはうまく受身をとることが出来ず、そのまま地面に叩きつけられた。
「ガッ……!」
魔力障壁を纏っているとはいえ、その衝撃を全て殺すのは不可能だ。
グレンはなす術もなく地面を転がることになった。
「はぁはぁ……。これはまずいな……」
グレンはなんとか立ち上がりながら呟く。
傷は深くない。とは言っても、命に別状がないと言うだけで、左肩は外れているし、恐らく肋骨も折れている。
この状態のまま、戦い続けるのは相当厳しい。
一方の魔人だが、傷が浅過ぎたのか、既にその眼から流れ出ていた血は止まっていた。
それに加え、どうやら魔人を随分と怒らせてしまった様で、大剣を何度も地面に叩きつけ、大きな唸り声を出している。
しかもタチの悪いことに、このタイミングで、危険な魔物や高い力を持つ人物に見られる現象である、魔力の具現化が薄らと起こっていた。
「たのむぞ聖女さん……。長くは持たないぞ」
そう溢したグレンの正面では、怒りに体を震わせている魔人がグレンを叩き潰さんと、今まさに動き出すところだった。
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