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「これを見て下さい」


静かに葛藤を繰り広げる彼女に、彼は一枚の写真を取り出した。そこには、幼い少女が写っている。癖のある藍色の髪を長く伸ばし、綺麗なドレスを着て微笑んでいる。少女は撮影者に手を振っており、その伸ばした右腕の内側にあるアザを見て、彼女は表情を僅かに固くした。悪魔の翼のようなアザには、見覚えがあった。


「このアザ、あなたにもありますよね?」


そう尋ねられ、彼女は平静を装いながら右腕の内側を見せた。だがそこに、アザらしきものは何もない。


「アザなんてありません」

「…これだけの変装技術があれば隠す事も出来ますよね?」


彼はそんな筈はないと、少し焦った様子で彼女の腕を取ろうとするので、彼女は怯えて手を引っ込めた。踊り子としてというのもあるが、瞬時に怖いと思ってしまった。彼は本当に自分の全てを知っているというのか、もしそうだとして、何の為に連れ出そうとしているのか、あの人身売買の車に乗った経緯も知っているのだろうか、両親に自分は捨てられたのか…。

今まで考えずに済んだ事までが押し寄せて怖くなる、突如として現れた過去と予感は、生まれてしまった期待をあっという間に不安で呑み込んでしまう。


「申し訳ありません、乱暴はしません。ただ、」

「そんなに踊り子が不憫に見えますか?この店は良い方ですよ、踊り子は守られているし、私がそんな妙な事をしなくても食べていけますから」


彼女が本心を隠して訴えれば、彼は伸ばしかけた手をぎゅっと握りしめて、膝の上に置いた。そして、再び真っ直ぐと彼女を見つめた。その瞳に揺らぎはなく、彼女は怯みそうになって瞳を逸らした。


「踊り子ではない、あなたに会いに来たんです、僕はあなたの言葉が聞きたい」

「…誰かと勘違いしているんじゃないですか?」

「このまま、こんな生活を続けるつもりですか?他人や自分まで欺いて、いつだってその身は危険に晒されているのに、あなたを心の底から案じてくれる人はいますか?」


彼女の頭に浮かぶのは、共に戦ってきたクエドだけだ。


「もう、あなたを守る友人はいないんですよ」


まるで心を読んだかのような言葉に、彼女は呆然と顔を上げた。

何を言っているんだと、反論しようとした言葉が萎んでいく。全てを見通しているかのような瞳に、上手く頭が働かない。彼は、何故そこまで自分の事を知っているのか。


「…ひとつ、提案があります」


動揺を隠せずにいる彼女を前に、彼はそう言いながら、テーブルの上に小瓶を置いた。手のひらに収まる小振りなそれの中には、液体が入っているのが分かる。


「これを飲めば、人生をやり直せる。そう言ったら、あなたはどうしますか」


緊張を含んだ声に、彼女は眉を寄せた。またおかしな事をと言ってやりたいが、残念ながらその小瓶には見覚えがあった。


「…何を言ってるの?そんな事、出来る筈ないでしょ」


知らない振りで返したが、胸が騒つくのを感じて落ち着かない。


もし、誰かではない自分のままで生きられるなら。

揺らぐ事のない、あるとも思っていなかった心が揺れているのを、それでも彼女は見ない振りをした。


夢は見ない、捨てたのだ、何もかも。

だが、彼はそれを許そうとしない。



「これが、クエドの提案でもですか」

「…え?」

「クエドが教えてくれたんです、あなたの居場所を」

「…クエドを、どうして」


その名前を口にして、彼女ははっとして顔を俯けたがもう遅い。どうせ組織の事はバレている、それよりも何故クエドを知っているのか、それが知りたいという気持ちが上回っていた。

彼女は覚悟を決めて顔を上げた。


「…あなた、誰なの」


踊り子の仮面を外した彼女の眼差しに彼は息を飲んだようだが、それも束の間、すぐに姿勢を正し柔らかに微笑んだ。


「申し遅れました、僕は久遠寺くおんじセナ。久遠寺の養子に入る前は、郷市ごいちの養子でした。クエドと出会ったのも、郷市の家です」

「郷市って、確か組織に…」

「はい、消された家です」


少し視線を落としたが、それでもセナの声は穏やかだった。


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