歴史の陰で生きる異種族
青枝沙苗
1章 江月とレイトーマ
1話① 姫と護衛
US2013年
世界には三つの国と一つの種族があった。
北のホク大陸のダリス帝国
東のトウ大陸のカトレア王国
西のセイ大陸のレイトーマ王国
中央のミッテ大陸の龍族
US2047年
龍族の五分の三が減る。
US2051年
ダリスから独立し、ナン大陸に江月が建国される。
US2103年
一人龍族の手によって龍族が滅びる。
また、人間の犠牲者も少なくはない。
そして現在、US2216年――
レイトーマ王国第一王女マナ・フール・レイトーマは、私室の窓際にある椅子に座って、差し込む日差しを浴びながら新たな歴史の書物を読んでいる。
「今までと同じですね。新しい歴史書があると聞いて取り寄せて頂きましたのに……。残念です」
彼女は青色が混じった灰色でクリッとハッキリした瞳の女性。肩まである髪はやや癖のある茶色で、深紅の髪飾りを付けている。踝まであるロングワンピースを好んでおり、ほぼ肌を見せる事はない。というのも、彼女は幼少の頃から「王族の女性は脚を見せるものではない」と学んでいたのだ。その言いつけを二十一歳になっても守っており、国内でも際立つ程の可愛さと評判である。
城内では「正に姫様という言葉がしっくり来る」と言われていた。
そんな彼女は十一年前から城に軟禁され、その間城下に出た事はない。
国民には病で伏していると伝えられているが、その事に不満や疑問を呈する国民も多かった。十年以上も病とは怪しい、仮病ではないか。汗水垂らして働いて納めた国民の血税を何だと思っているのだ――等。
その事はマナの耳にも入っており、心を痛めていた。
「国王陛下はいつになったら
鼻腔を刺激する甘酸っぱい香りの紅茶。レイトーマ産の上質なその紅茶を飲みがなら、お付きの護衛である片桐
「いえ、残念ながら何も」
部屋の窓と窓の間に寄りかかっているこの男、緋色の髪に緋色の瞳というレイトーマ人とはかけ離れた血筋らしい。レイトーマ人の瞳は青く、髪は茶色が多いのだ。あくまで多いというだけで、皆無ではない。
が、目立つ。それは髪と瞳だけではなく頼りになる男らしさが漂う二十五歳前後の風貌の男前であるため、城下に出れば女性の誰もが振り向くのだ。隊服を着ずに黒のパンツにボタンを二つ解放した白いシャツ、黒のロングコートを着ているというのに。
故に、彼に言い寄る女性も少なくないという。しかし彼はそれが鬱陶しいらしく、あまり城下に出たがらない。
「城下で多くの国民に触れ合う事で、私の知らない歴史の書物を発見できるかもしれないのに……。それに学者達の意見も知りたい……」
この世界では、US2103年以前の歴史を調査する事は禁じられている。その理由は明らかにされておらず、国王に問うても「機密事項」の一点張りなのだ。どうにか解禁できないかと訴えても受け入れられたことはないという。
歴史調査を禁じているのは、あくまでレイトーマ、カトレアの二つの国。ダリスはその禁を破っているという噂があり、江月は対象外なのだ。
この理由も機密事項とされてはいるのだが、それが何故なのか、マナは理由を知りたかった。
「龍族の寿命はおよそ千年だと、何かの文献にありました。私は、その一人の龍族が生きていてもおかしくないと思っているのです。ねぇ、緋媛。あなた、本当は何か知っているのでしょう?」
その言葉に少し不機嫌そうに眉を寄せる緋媛。椅子から立ち上ったマナが触れようとしたが、彼は一歩右に移動してくすっと笑う。
「そうやって、また俺の過去を覗こうとしても無駄ですよ。あの時、どこまで見たか知りませんが、知られたくない秘密がありますから」
「ですがあなたは――」
言いかけた時、扉からコンコンとノック音が聞こえた。昼食の用意が出来た合図である。
「あ、時間か。姫、お食事を摂り終えた頃にまた来ます」
窓から暖かな日差しが差し込む昼時。
軽く頭を下げた緋媛は、すたすたと部屋を出て行った。
レイトーマ師団特別師団長である緋媛は、マナの護衛をしながら雑務を行っているため忙しい。一日の大半を護衛に費やしているため、雑務は食事を摂りながらこなしていると、メイドの一人がこっそり彼女に教えた事がある。
マナが食事の時は彼が離れている時。食事時は大抵いつも独りで寂しい。
「姫様、お食事をお持ち致しました」
「ありがとうございます。そこへ置いて下さい」
メイドがテーブルの上に食事――質素なスープ、サラダ、パン――を置き、丁寧に腰を折ると部屋を出て行った。
彼女は歴史の書物を読み返し、思う。この世界の歴史の真実を知りたい、深く知りたいと。
世界の歴史は正しく伝わるべきであり、歪められてはいけない。いくつもの書物が同じものを書いているため歪められているとは思えないが、詳細は隠されているはずだ。歴史学者達の為にも、王族の立場を利用して歴史調査解禁が出来ればいいと願っているマナは、この日もたった独りで食事を口にし始めた。
一方、自身の私室へ向かっている緋媛は、廊下で考え事をしていた。
レイトーマの特別師団長になって二十五年経つが、緋媛の役目はマナの世話が八割、残りの二割は雑務だらけだと。
それが先代国王の命令で新設された特別師団長の役目なので、仕方がない。
レイトーマには五つの師団がある。
実行部隊の第一師団と第四師団、隠密部隊の第二師団、情報部隊の第三師団、そして緋媛が率いる特別師団。これを取りまとめる役職が総師団長であり、各師団の配下にはさらに小隊が存在する。
ちなみに特別師団は雑務が多いため別名『雑務師団』と呼ばれており、隊士の数も少ない。
さて、二十五年間も特別師団長としている緋媛が、誰一人として彼の若さに疑問を呈していない。その理由は暫く後に判明する。
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