第22話
「小林さーん、体温測りますねー。」
看護師がやって来る。
「深谷さーん、おはようございます、検温しますね。」
お隣も元気なようだ。カーテンの隙間ごしに目が合うと、向こうは軽く会釈をしてきた。俺も、常識の範囲内で頭を軽く下げて挨拶を返しておく。あの様子だと、ケレが参入した回の記憶もあるんだろう。
もしかして、この4人部屋に何か仕掛けがあるのか。俺はそう思ったが、現在この病室に入居しているのは俺と深谷だけだ。ケレ、即ち、田中結愛はいない。念のために、トイレに行くついでに近所の病室の名札も見てみたが、田中結愛は見つけられなかった。ショコラだって、病院から離れた俺の家にいて参加したのだから、田中結愛が俺の近辺にいるとも限らんか。
俺はあっさりと探索を諦め、己に課せられた試練をかいくぐった。こけて打った拍子に頭のねじが飛んだり、経年劣化で脳みそに隙間風が吹いていないか、確かめたのだ。正直な話、この歳ともなれば、魔法少年の夢よりも現実の俺のおつむりの方が気にかかる。幸い、ねじは抜けておらず、隙間風の方は、年を取れば誰でもしょうがないレベルには吹き込んでいるようだが、今のところ深刻ではないらしい。ほっと一安心だ。
娘が迎えに行くと言っていたが、頭に問題もなかったし、向こうには仕事があるだろうから、断った。俺は自分で身の回りを片付け、医療費を清算し、出ていくことにした。昨日俺が着ていた服には血が付いていたので、娘が片付けてしまった。だから、大して荷物もない。俺は忘れ物が無いかを指さし確認し、一晩余り世話になった病室を後にした。その時には既に、深谷も姿を消していた。確か、熱中症だったとか言っていたな。あいつは俺ほどの年寄りではないし、症状も軽かったのだろう。もう退院して、今頃は出勤しているかもしれない。
清算の窓口は随分と混んでいた。俺は荷物を詰め込んだ紙袋を膝に乗せ、大人しく順番を待つ。窓の外はギラギラと真夏の太陽が照り付け、見るだけでも嫌な暑さが伝わってくる。こうしてしばらく、病院で涼む方が身体は楽だ。できれば陽が沈むまでこうしていたいくらいだが、いくら激混みとはいえ、それは無理だろう。それにしても、あと何人だろうか。あの婆さん、ずっと窓口で粘ってるな。ああいうのがいると、時間がかかるんだ。
俺は大きなあくびをした。変な夢と慣れない布団のせいで、熟睡できなかった。ひどく眠くていけない。いかんと思いつつも、俺は舟を漕ぎ始めた。こっくり、こっくり。まどろんで、夢と現が交じり合う。
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