第64話 枉津日神の神移し

 隣で清人を眺めていた直日神が、直桜を振り返った。


の名は何といったか?」


 直日神の問いに、護と清人が呆気に取られている。


「藤埜清人だよ。いい加減、俺と護以外の名前も覚えようよ」

「ああ、今、覚えた。清人、だな。悪くない魂だ。気に入った」


 直日神が護を振り向く。


「枉津日神を直桜から剥がしてやれ。その後、吾が少しだけ手伝うてやる」

「え? 今ですか? この場でやるんですか?」


 護の焦りまくった問いかけに、直日神が事も無げに頷いた。


「恐れずともよい。双方、整っておろうて」


 直日神が立ち上がり、清人の前に立つ。

 額に指をあてて、その目を見据えた。


「怖いのなんのと泣き言を零しても、心は決まっておる。枉津日神を慈しむ心は揺れぬ。うぬは充分に惟神の器よ。自信を持て、清人」

「……はい。えっと、初めてなので、痛くしないでください、ね……」


 直日神を見上げる清人は固まったまま、動けないでいる。


「直桜」

「わかった」


 直日神の声を合図に、直桜は自分の腹に両手を翳した。

 太い糸のような光が直桜の腹から枉津日神に繋がる。


「護、これを右手で切って」

「わかりました……」


 緊張した面持ちで立ち上がった護が、右手を手刀のようにして太い糸を断ち切った。

 解き放たれた枉津日神の体が震える。離れそうになる枉津日神の手を清人の手が握り引き寄せた。

 その様を直日神が満足そうに眺めている。


「好いた相手に収まれ、枉津日。最期まで添い遂げよ」


 枉津日神の背中を清人に向かってトンと押す。

 顕現した体が、清人の中に吸い込まれた。

 衝撃を受け止めて、清人の体が大きく揺れた。


「え? 何? これで、終わりなの?」


 俯いたまま、清人が自分の手を眺める。

 直日神の指が清人の胸を指して、軽く触れた。


「揺れていた霊が止まった。直霊は重なったぞ。具合はどうだ」

「体が、熱くて……」


 清人の体がぐらりと傾く。

 護が驚いた顔で受け止めた。


「清人さんは、大丈夫なんですか。このまま霊気が吹き出し続けたら、消耗してしまいます」

「大丈夫だよ、護。吹き出してるのは神気だ。清人の霊気と枉津日神の神気が交わるまで、少し時間が掛かるから」


 直桜の言葉に護が安堵の息を吐く。

 直日神の指が清人の顎を持ち挙げた。

 虚ろな目で息が早い清人を、じっと見つめる。

 清人の目が細く笑んだ。


「何だ、これ。変な感じ。くすぐったくて、あったか、い……」


 小さく笑う清人の頬を、直日神の指がするりと撫でた。


「良い惟神と出会えたな、枉津日」


 清人が目を閉じて、力なく護の腕の中に倒れ込んだ。


「清人さん!」

「案ずるな。眠っただけだ。しばらく寝かせてやれ。馴染んで回復するに、しばしの時が掛かろう」

「では、私の部屋で休ませますね」


 護が清人の体を抱えて、事務所を出て行った。

 一見すると華奢だが、力はやっぱり鬼なんだなと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る