第38話 土着の神様

 陽人と話をしている間も、枉津日神は眠ったままだった。

 抱いても掴んでもうんともすんとも言わない神様に、陽人は少しがっかりしている様子だった。だが、その中に確かに神の御霊を感じとれたと、返してくれた。


「思ったより早く済みましたね。どこか寄り道しますか?」


 車に荷物を積んで、乗り込む。

 まだ昼過ぎだ。まっすぐ帰るのも、勿体ない。


「じゃぁさ、日本橋に行きたいかも。ビルの間に小さい神社があるんだけど、そこ行きたい」

「あぁ、宝くじの神様と呼ばれているお稲荷さんですかね」


 護がスマホで検索しながら答える。


「そそ、福徳稲荷っていうんだけどさ。そこの神様、友達なんだ」

「神様が友達……。宇迦之御魂神様ですか?」

「いや、今はお稲荷さんだから宇迦之御魂神管轄なんだけど、稲荷ができる前からあの場所には祠があって、信仰があったんだ。その頃から住んでる神様だよ」

「なるほど。元々あった原始的な信仰の場所が時代の流れに伴い立派な社に飲まれるのは、良くありますからね」

「今の神社って、ほとんどそんな感じだよ。そうやって信仰って残っていくものだからさ」


 警察庁に車を置いたまま、電車と徒歩で移動することにした。

 眠っている枉津日神を車内に置いていく訳にもいかないので、小脇に抱えて歩く。

 ビルの谷間の一角にある神社は狭いながらも存在感があった。赤い鳥居を潜り、社殿に向かい、二人並んで参拝する。

 

「どうやってお話しするんですか?」


 護の問いかけに、直桜は首を傾げた。


「気配がしないんだよね。留守なのかな」

「神様も出掛けることがあるんですね」

「あんまりないよ。基本は、神無月に出雲に行くくらい」


 辺りを見回して、隣の薬祖神社に目を向けた。


「ちょっと隣の少彦名命に聞いてみるよ」


 歩き出した直桜を護が追いかける。


「お隣の神社は別なんですね」

「うん。薬祖神社っていって、医薬の祖神二柱を祀ってるんだ。この辺て、製薬会社多いだろ? 遠くまで参拝に行くの大変だから、神様を迎えたらしいよ」

「なるほど……」


 鳥居を潜り、同じように二人揃って参拝する。

 人がいなかったので、その場で声を掛けた。


「直日神の惟神か。面白い連れがあるな。隣の? 縫井ぬいならしばらく会わぬよ。さぁ、どこに行ったものか、聞かぬな。姿を見たなら報せをやろう。何か印を置いて行け」

「印か……」


 考え込んだ直桜に、護が声を掛けた。


「何を探しているんですか?」

「ん? あぁ、そっか。護には聞こえないのか」


 ポケットの中を探りながら、事情を説明する。


「じゃぁ、これはどうですか?」


 護が直桜に、リボンを手渡した。


「穂香さんが作った、枉津日神用の蝶ネクタイです。これに直桜の神気を込めれば、印になりませんか」

「ちょうどいいね」


 蝶ネクタイを受け取り、口付けて神気を流し込む。

 社の隅に、そっと置いた。


「よろしく頼むよ」

「任せておけ。また出雲でな」


 もう一度手を合わせて、直桜たちは神社を後にした。


「会えなかったのは、残念でしたね」

「残念だし、少し気になる。神様がその場を離れることなんか、滅多にないんだ。特に縫井みたいな土着の神様なら尚のこと。何かに巻き込まれたりしてないといいけど」


 直桜の頭を護の手がふわりと撫でた。


「きっとすぐに連絡が着ますよ」

「うん、そうだね」


 護の微笑みに、ほっとする。

 その笑顔が隣にあるだけで、どんな逆境も乗り越えられる気がした。

 離れた指に指を絡める。

 一度だけ直桜を振り返った護が、絡んだ指を握った。


「直桜? どうして、こんなところにいるの?」


 突然声を掛けられて、振り返る。

 楓が驚いた顔で直桜を見詰めて立ち尽くしている。

 驚いて、直桜も足を止めた。


「え? 楓こそ、何で?」

「この近くに父さんの会社があるんだ。今日、たまたま呼び出されて来てたんだよ」

「そっか。楓の実家って、製薬会社だもんな」


 大手製薬会社OUTSU製薬は薬の製造開発から販売、ドラックストアの経営まで幅広い事業展開をしている。


「直桜は、えっと、バイト?」


 繋いだ手をちらりと眺めて、楓が笑って見せた。

 放そうとする護の手を強く握り止める。


「仕事が終わったから、これから……デート、みたいな感じ」

「デっ⁉」


 慌てて言葉を詰まらせる護をちらりと見て、言った自分まで恥ずかしくなった。

 楓が言葉を失くして立ち尽くしている。


「付き合ってるんだ、俺、この人と。今のバイトで世話になってる人」

「そう、なんだ。直桜、恋人できたんだね。やっぱり、あの時の眼鏡の人か」


 俯く楓を見詰めていた護が、一歩前に出た。


「初めまして、直桜とお付き合いしています、化野護です。直桜の御学友ですよね」

「あ、はい。枉津楓です。はじめまして」


 何とか笑う楓の笑顔は、ぎこちない。


「本当は言わない方が、楓にとってはいいのかもしれないけど。伝えないのは、狡いと思った。だから、その」


 何と言っていいかわからなくて、言葉に詰まる。


「わかってるよ。俺は直桜のそういうとこも好きだから。教えてくれて、ありがとう」


 楓がやっといつも通りに笑ってくれたので、胸を撫でおろした。


「そういえば、再来週の公開セミナーの話、聞いてる? 一般参加の数が思ったより多いからゼミの学生から手伝い欲しいって教授が。直桜も行くでしょ?」

「そんなメッセ着てたっけ?」


 スマホを確認すると、確かに着ているし読んでいる。

 すっかり忘れていた。


「再来週なら余裕もありますし、行ってきたらどうですか?」

「ん、じゃぁ、行こうかな」


 護に促されて、頷く。

 楓が二人の様子を色のない表情で眺めていた。


「良かった。じゃぁ、また大学で」


 直桜に手を振りながら楓が去っていった。


(変なとこ、見られちゃったな。枉津日神が寝てて良かった)


 まさか日本橋で偶然、会うとは思わなかったので、驚いた。


(でもちゃんと護のこと話せたし、良かったかもしれない)


 こういう機会でもなければ楓に護という恋人の話を告げる機会は作れそうにない。


「直桜が告白を断った相手は、彼ですか?」


 突然の護の問いかけに、直桜は固まった。

 とりあえず頷くが、動きがカクカクしてしまった。

 護の手が直桜の両手を包む。顔が近付いて、耳元に寄った。


「折角デートと言ってくれたのに申し訳ないのですが、帰りませんか」


 耳元で囁かれて、ドキリとする。


「護に嫌な思い、させちゃった?」

「いいえ。今すぐに直桜を抱き締めたくなりました。誕生日プレゼント、おねだりさせてください」


 艶っぽい護の声が吐息と共に耳に流れ込んで、胸が震える。

 強く手を握られたまま、こくりと頷く。

 耳に口付けると、護が直桜の手を引いて歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る