第14話

「志崎くんの次の家は、このどこかにあるのかな」

「たぶん、きっと見えないくらい遠いところだよ」


「満島の家は、どのあたりにあるの」

「あのあたりな気もするし、このあたりな気もするよ。志崎くんの今の家はどのあたりにあると思う?」

「たぶん、あの一番ボロくさい屋根だよ」


「満島は、どうしておれをここに連れて来てくれたの」


「志崎くんに夕焼けを見てほしかったからだよ」


「ほんとう?」


「あの教室で過ごすぼくは、志崎くんがお休みした日に志崎くんの家へプリントを届けに行く人なんだ。でも志崎くんは、少しお休みしがちな、みんなの友だちだろう」

「満島はそう思っているんだね」

「うん。そんな志崎くんが誰にも知られないままいなくなるのは、そうだな、おかしいと思ったんだ。それに」

「それに?」


「ぼくでも、志崎くんなら、ぼくを友だちにしてくれるかもしれないと思ったんだ。志崎くんなら、ぼくを覚えてくれるかもしれないと、思って。ぼくは浅ましくて、情けなくて、卑怯だから、抜け駆けすれば友だちができると思ったんだ」


「だから夕焼けを見せてくれたんだ」

「そうだよ」

「じゃあ、満島は嘘つきじゃないね」


「満島が浅ましくて、情けなくて、卑怯なら、おれも変わらないよ」

「そんなことないよ。みんな志崎くんのことが好きだ」

「おれは満島が、靴の踵は踏まないほうがいいと教えてくれたとき、君をかわいらしいと思ったよ」


「どういうこと?」

「おれが浅ましくて、情けなくて、卑怯だということ」

「よく分からないけど、ぼくは、君がぼくにも優しい良い人だと思っているよ」

「そうだといいな」


「満島は、おれと友だちになりたいの」

「無理強いはしないよ」

「友だちになろうよ。大きくなって、満島がおれを嫌なやつだと思うまで」

「どうしてそんなこと言うの?」

「満島のお母さん、料理が上手いんだね」

「関係ないよ、そんな話」

「関係あるよ。おれは満島が好きだよ」


「ぼくも志崎くんのこと、好きだよ。初めて友だちになってくれたんだ。口に出すと恥ずかしいのに、嬉しくて、不思議だ」

「そうだね」


「せっかく連れて来てもらったけど日没は見れそうにないね。雨が降りそうだ。傘を持っていないからはやく降りよう」


「志崎くん」


「なに」


「キスをしようか」


「満島」


「うん」


「キスは、男と女がするものだよ」

「お母さんは大切な人とするものって言っていたよ」

「君はお母さんとキスしたの?」

「おやすみするときに、たまに、ほっぺにしてくれる」

「それはお母さんが女性で、君が男だからじゃないかな」

「そうなのかな」

「きっとそうだよ。あと、次に友だちができたときも言わないほうがいいと思う」

「どうして? 志崎くんの云う友だちは、大切な人ではないの?」

「そういうわけではないけど」

「次に友だち、できるかな」

「できるよ。満島は、かわいらしいから」


「行こう、満島。雨が降るよ」

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