第3話
エルレイン様におまじないをかけて貰った私は、その足でいつもの様にカラーラス様の雄姿を見学しにアカデミーの鍛錬場に向かった。
(あぁ、お兄様は今日も格好良いですわ……)
ご学友と共に剣の鍛錬に励むカラーラス様の姿をウットリと見つめて、私はいつものように力いっぱい大きな声で声援を贈ろうとした。
しかし……
「(お……)……っ?!」
お兄様と呼びかけようとしても、声が出ないのだ。
「えっ、な、何?なんで?どうしてですの??」
驚いて出た自分の声はちゃんと発声出来ているのに、カラーラス様への声援だけは、何度試みても声にならなかったのだ。
(何故……?!私の声はどうしてしまったの?!!)
すると、私の様子がおかしいのに気づいたのかカラーラス様がこちらをじっと見ていたので、私はもう一度、カラーラス様に大きな声で呼びかけようとした。
「……っ!!」
しかし、やはり声が出なかった。
私は何も言えないまま、困った様な顔でカラーラス様をじっと見つめた。
けれどもカラーラス様は、そんな私の異変など知る由もなく、少しだけ怪訝な目をこちらに向けると周囲のご令嬢様たちに促されて、去って行ってしまったのだった。
(もしかして……これがエルレイン様のおまじないの効果だと言うの?!)
その可能性に気付いて、私は青ざめた。
(冗談じゃないですわ!お兄様とお話が出来ないなんて有り得ませんわ!!)
私は自分の身に起こっている事の真相を確認する為に、急いでエルレイン様がいる裏庭へと戻った。
◇◇◇
「一体どういうことですの?!話が違いますわ!!」
裏庭のベンチで、優雅に読書をしているエルレイン様の姿が目に入ると、私は淑女らしからぬ速さで駆け寄って、思わず大きな声で詰め寄った。
だって、カラーラス様とお話し出来ないのはそれくらい非常事態なのだ。淑女らしくもしてられなかった。
するとエルレイン様は、私の声に反応して涼しげな顔でこちらをチラリと見ると、読んでいた本を閉じて、私に意味深な言葉を投げかけたのだった。
「私はちゃんと言ったでしょう?この力は強力だから、生半可な覚悟ではダメだと。」
「私は、カラーラス様と元のように仲良くなりたいと願ったのに、それが何で、カラーラス様の前でだけ声が出なくなるのですか?!全然違うじゃないですか!!」
エルレイン様の説明に全然納得できなくて、私は一歩も引かずに彼女に詰め寄った。正に怒り心頭。私は、本気で怒っていたのだ。
けれども、エルレイン様は私の剣幕に全く怯むことなく平然とした様子でこちらをまじまじと見つめ返すと、感慨深げに呟いたのだった。
「なるほど、貴女にはそういう効果が現れたのですね。これは興味深いですわ……」
「えっ……?」
彼女が何を言っているのか分からずに、私は思わず聞き返してしまった。
「待ってください。今の口ぶりでは、まるでエルレイン様にもおまじないによってどういった効果が出るのか分かっていなかったのですか?!」
もし本当にそうなら、溜まったものじゃない。私はカラーラス様と元のように仲良くなりたいと願ったのに、これではまるで望んでいた事と真逆なのだ。
そんなことはあってはならないのだが、しかし、エルレイン様は全く悪びれる様子もなく、それでいてどこか楽しそうに、私にとって残酷な事実を告げたのだった。
「私のおまじないはね、人によって効果が違うのよ。カラーラス様にだけお声がけが出来なくなったのであれば、貴女の場合はきっと、カラーラス様に話しかけるのをやめる事で、願いが成就するのだと思いますわ。」
そう言ってニッコリと笑いかけるエルレイン様に、私は思わず声を荒げてしまった。
「そんなことで上手く行くはずがありませんわ!!今直ぐに”おまじない”を解いてくださいませ!!」
そう、これは私の思っていた事と違うのだ。こんなとんでもない”おまじない”は直ぐに解いてもらわないといけなかった。
なので私は必死に食い下がったのだが、けれどもエルレイン様は、相変わらず飄々とした態度で、私の必死なお願いをキッパリと断ったのだった。
「それは出来ませんわ。そういった術ですから。」
「貴女がかけた”おまじない”なのに?!」
「だからお伝えしていますように、私の”おまじない”は強力なんです。途中で止めるなんて事は出来ないのですわ。」
「そんな……それじゃあ私は一生カラーラス様とお話し出来ないの……?」
エルレイン様の言葉に、私は目の前が真っ暗になってしまった。
今後ずっとカラーラス様とお話しすることが出来ないだなんて、そんなのは耐えられなかった。絶望的な気分とは、正にこんな感じなのだろう。
そんな風に私はすっかり打ちひしがれてしまったが、けれどもエルレイン様は、ニッコリと笑うと、私を宥めるように優しく言葉をかけたのだった。
「そんなことは有りませんよ。セシリア様の想いが成就したらこのおまじないは完遂して、また元の通りにお話しすることが出来ますわ。」
「この状態で、カラーラス様と元のように仲良く出来ると言うのですか?!」
「えぇ、大丈夫ですわよ。だって私の”おまじない”は強力ですから。」
そう言って自信満々に微笑んで見せるエルレイン様に、私は疑いの目を向けた。彼女の言うことがどうしても信じられなかったのだ。
けれども、余りにもエルレイン様が堂々と言い切ったので、これ以上はもう何を言っても堂々巡りであった。
なので私は、出かかっていた言葉を飲み込むと、しぶしぶとこの場を引き下がったのだった。
「……”おまじない”を解いていただけないということ、分かりましたわ……」
こうして、釈然としない気持ちではあったが、ここで押し問答を続けても問題は何も解決しないと思い、私は「失礼します」と言ってエルレイン様に一礼をすると、その場を後にしたのだった。
「さて、貴女はどんな面白いお話しを聞かせてくれるのかしらね。」
そんなエルレイン様の呟きを、背後に聞きながら。
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