第57話 あんの大嘘つき野郎がっ!
「ぷはーーーっ、食った食った!リデルはんごちそうさん」
「「「ごちそうさま」」」
「喜んでもらえて何よりだわ」
きらびやかな食堂に案内されたあと、俺たちは振る舞われた料理に舌鼓を打った。
見たことのない料理ばかりだったが、どれもおいしかった。ただ食べ方が分からなくて、クロネをチラチラ見ながら真似するのはちょっと恥ずかしかったが。
「今日は来てくれてありがとう。楽しかったわ!依頼はこれで達成よ」
リデルがそう微笑むと、ロゼは不思議そうに首をかしげた。
「……あれ?リデルはん、いつものアレはどうしたん?」
「…………ああ、アレね」
リデルの声が少し弱々しくなる。
「この前、サーレン大陸で一番有名な魔法使い――ムゥ・クレメントを招待したのだけど……わからないと言われてしまったわ」
「……」
「――だから、スッパリ諦めることにしたの」
「――なっ!?あ、諦めるって、そんなん……」
「だってほら、期待したらダメだったとき余計にガッカリしちゃうでしょ?だからもう期待したくないの」
「あ…………」
ロゼはその言葉に絶句した。
「今までありがとう二人とも。でも、もう大丈夫よ。ちゃんと向き合う覚悟ができたから」
「……」
「あっ、でも、この依頼をやめるつもりはないわよ?強い人たちの冒険話を聞くのは楽しいし、今日のクロネのお話なんか、もう最高だったわ!また招待するわね!」
「……」
リデルは明るく振る舞おうとするが、どこかぎこちない笑みを浮かべていた。それに気づいたロゼは、じっとリデルを見つめた後、意を決したように口を開いた。
「……なあ、リデルはん」
「ん?」
「騎士になりたい言うてたやんか」
「……」
「お兄さんたち超えたい言うてたやんか」
「……っ」
「なのに、もう諦めてまうん?」
「――だって!!……仕方、ないじゃない。あのムゥですらわからなかったのよ?もう打てる手は全部打ったわ」
リデルの声には、諦めと悔しさが滲んでいた。しかしロゼは、一歩も引かずに続けた。
「…………まだや」
「え?」
「もう一度だけチャンスくれんか?」
「チャンスって……何をする気?」
「この人でダメやったら、もう皇帝陛下でも呼んでこなあかん……そんな人にお願いしたんや」
なんというか、物は言いようである。
「……っ、やめてよ……期待しちゃうじゃない」
「期待なんかする必要あらへん。目でも閉じとったらエエねん」
「……私、本当に閉じてるわよ?いいの?」
「もちろんや!」
ロゼはリデルに頷くと、俺に向き直り、真剣な表情で頼み込んできた。
「頼む、ヴェールはん……ウチの友達を、助けてほしいんや」
「はい、やれるだけやってみます」
「え?ヴェールが見てくれるの?」
リデルは少し驚いていた。
「……随分信頼されてるのね。ロゼがあんなに人を褒めること、滅多にないのよ?」
「過分な評価です。あまり期待しちゃだめですよ?」
「え、ええ」
リデルは目と口をキュッと閉じた。今、必死に無心になっているのだろう。
「では、聞かせてください。今リデルが悩んでいることを」
「……わかったわ」
彼女は一息ついてから答えた。
「――私、魔法を使うとすぐガス欠になっちゃうの」
「……え?」
俺は耳を疑った。
「それは、魔力容量が低いとかではなく?」
「ええ。EXランク判定を貰ってるわ」
「……魔力制御は?」
「EXランクよ」
「――っ!?」
嫌な予感に、表情筋がこわばる。
容量が少ないわけでもなく、ましてや燃費が悪いわけでもない。なんなら最高評価である。
俺はこの現象に心当たりがあった。だがそれは“あいつ“の言葉が本当なら、もう起こることはないはずだ。
「ヴェールはん……?」
ロゼが心配そうに俺を見つめるが、俺は答えず、乱暴気味にリデルの手を取った。
「――手、失礼します!」
「ひゃっ!?」
リデルは驚くが、今はそんなことを気にしていられない。俺は即座に探査魔法を発動させ、リデルの体内を覗き込んだ。
――そして、見つけた。
「――あんの大嘘つき野郎がっ!」
思わず、吐き捨てるように悪態をついた。
「ど、どうかしたのヴェール?」
リデルが不安げに尋ねるが、俺はすぐに立ち上がり、廊下へ向かった。
「リデル、少し席を外しますね」
「え、ちょっと――」
呼び止める声も無視し、人気のない場所に急ぐ。そしてスマホを取り出し、ある番号にかけた。
軽快なメロディが耳元で鳴り続ける。
「……」
鳴り続ける。
「……」
鳴り続ける。
「……っ」
『お掛けになった電話は電波の届かない場所にあるか――』
「――クソがっ!」
あーもうマジでムカつくわあの駄犬!なんでこういうときに限って出ねぇんだよ。
「はぁ、仕方ない。ミランにお願いするか……あれ?」
連絡先一覧を表示するが、ミランの名前が見当たらない。
「あっ、やっべ」
そういえば交換してなかったわ。
(最悪だ……)
頭を抱え、しばらく途方に暮れる。
(……いや、とりあえずキルフにメッセージだけでも送っておこう)
俺はスマホを操作しながら食堂へと戻った。
そして扉を開けた瞬間――
「「ヴェールはん(ちゃん)!」」
ロゼとミシャが勢いよく飛びついてきた。
「――うわぁっ!?ど、どうしたんですか二人とも」
「「リデルはん(ちゃん)は治るん!?」」
「……あ」
そういえば何も言わずに出てきたんだった。
まずはみんなを安心させるとしよう。俺は落ち着いた声で話した。
「大丈夫ですよ。ちゃんと治ります」
「「「――っ!!」」」
ぱあっと顔が明るくなるロゼとミシャ。そしてリデルは驚いたような目でこちらを見た。
「ほ、ほんと?ほんとに治るの?」
「はい」
「ほんとのほんと?」
「ほんとのほんとです」
「ほんとのほんとのほんと?」
「……ほんとのほんとのほんとですよ」
何度も確認してくるリデルに苦笑が溢れる。俺が答えてもなお、不安が拭えない様子だ。
仕方ない。キルフに報告してからにしようと思ったが、さっさと治してあげた方が良いだろう。
俺一人でもできるけど――
「――ロゼさん、
せっかくだし、ここは協力してもらおう。その方が簡単だ。
「ん?エエけど、何に使うん?」
「それを持ったままリデルの隣にいてください」
「……?」
ロゼは少し疑問を抱きながらも、俺の指示に従い鎖を準備する。
「リデル、何か適当に魔法を使ってください」
「え?いいけど……何でもいいの?」
「はい、魔力を使うことが重要なんです。それと、発動したらすぐ鎖を握ってください」
「わ、わかったわ」
リデルは頷き、手を空にかざす。彼女の瞳から薄紫色の波動が溢れ出すのを見て、俺は少し驚いた。
(……珍しいな。目から波動が出るタイプの人か)
そしてもう一つ気づいた。魔力操作がとんでもなく上手い。
ヤツに寄生され、意気消沈している中、血のにじむような努力を重ねてきたのだろう。EXランク判定を受けるだけある。
そんなことを考えている間にリデルの魔法が完成する。
「光玉――ぐっ」
発動した瞬間、リデルが苦しそうに悶え、制御が乱れる。ヤツがリデルの魔力に反応し、横から全てかっ攫っているのだ。
それを確認した俺はリデルに合図を送った。
「今っ!握ってください!」
「――っ!」
彼女は俺の合図に即座に反応し、ロゼの持つ鎖をぎゅっと握りしめた。
すると――
「――え?」
リデルの顔から苦しみが消え、不思議そうにきょとんとした表情を浮かべる。どうやら、俺の予想通りうまくいったらしい。
「リデル、そのまま動かないでくださいね」
「う、うん」
「あ、それと、みなさん目を閉じてもらえますか?」
俺が指示を出すと、全員が素直に目を閉じた。
これで魔法を使っているところを見られなくて済む。念には念を入れておかないとな。
さて、急がないとまたヤツが眠ってしまう。俺は早速魔法を発動させた。
「えいっ」
リデルの手に触れて、一緒に転移する。転移先は目の前で、距離にして50センチ程である。
リデルが元々いた場所――ロゼの隣を見ると、そこには黒く禍々しい球体が漂っていた。
――ヤツである。
突然外に放り出され、オロオロと周囲を飛び回っている姿は滑稽だった。
「ふんっ」
俺は小バエを捕まえるかのように、ヤツを掴んだ。
「よお、久しぶりだな。ご主人様にはよろしく言っといてくれよ――」
そして――握りつぶした。
「――
小声で吐き捨てながら、ヤツを完全に消滅させた。
(まあ、こいつらに思考能力なんてないだろうけど……)
しばらく静寂が訪れる中、クロネが冷静にツッコミを入れる。
「……ヴェール、口悪すぎじゃない?」
「いいだろ、別に」
ほら、覚えたての言葉ってすぐ使いたくならない?ヨウチューブで出てきてすごい印象的だったんだよなぁ。
「てか、途中から目開けてただろお前」
「……私は問題ないでしょ」
クロネは否定しなかった。
「えっと……終わったのかしら?」
おそるおそるリデルが尋ねる。
「あ、はい。もう目を開けて大丈夫ですよ」
ゆっくりと目を開けるリデル。そんな彼女に俺は声をかけた。
「ほら、魔法を使ってみてください」
「う、うん」
リデルは先程と同じ魔法を発動する。
「光玉――あっ」
驚きの声が漏れる。
彼女の手の上で生まれた光が、食堂を明るく照らしていた。
「うん、成功ですね」
無事に治せてよかった。
「「よっしゃあああ!!」」
ロゼとミシャが声を合わせて喜ぶ。
そしてリデルは、じっと魔法を見つめて立ち尽くしていた。
しばらくして――
「あ、ああ……」
頬に涙が伝った。
「――ヴェール!!」
「うわっ!?!?」
突然、リデルが勢いよく飛びついてくる。
ガッチリとロックされ、離してくれそうにない。
「り、リデル、苦じ――」
「ありがとう、ヴェール!ほんとに、ありがとう……!私、もう騎士目指せないんじゃないかって、思って、どうしようかって、、思って……うぅ」
「ぐえっ」
彼女の声は歓喜の感情で震えており、抱きつく腕にも力がどんどん入ってくる。
「これでやっと、兄様たちに、追いつける、、やっと、EXランクに、なれる……!」
「――ギブ!リデル、ギブですっ!」
折れる!体がミシミシいってるううううう!!
リデルの背中を高速でタップするが、感極まっている彼女には届いていなかった。全く緩む気配がない。
そして――
「……う――ガクッ」
「「ヴェールはん(ちゃん)!?」」
その後、意識が遠のきそうになったところで二人に助けられ、なんとか無事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます