第55話 Q.E.D.!
扉の奥から出てきたのは、筋骨隆々としたスキンヘッドの大男だった。
「ご、ごごごめんなさいっ!!」
俺は自分がやらかしてしまったことを悟り、咄嗟に謝罪する。
「ったく、何なんだこの危なっかしいガキは……」
「ザオビス、大丈夫かい?」
「おう」
「いやぁ、すんごい音だったッスねぇ。ダンジョンの壁打ち砕くとか、トンデモねぇバ火力ッスよ」
「同意」
続いて、扉の向こうから三名の人物が現れる。優しげな垂れ目の男神官、軽薄そうな盗賊風の男、そして眠たげな目をした女魔法使い。全員ザオビスと呼ばれる男の仲間のようだ。
彼らが崩れた壁に目を向けている間に、怒りを煮えたぎらせる人物が一人――
「――アンタらか……」
「……ん?――げぇっ!ウォーカー姉妹!?」
「……アンタらが、ウチらのお宝盗んで行きよったんかあああああっ!!」
ロゼの怒声が響き渡る。凄まじい迫力に、男たちも一瞬たじろいだ。
「――い、いやまてまてまて!流石に早い者勝ちだろっ!?」
「んなこたぁわかっとんねんクソがっ!ウチらが先にこのダンジョン見つけたと思ってたんにいいい!!」
「ただの八つ当たりかよっ!?」
ロゼの剣幕に対し、ザオビスが思わずツッコむ。そんなやり取りの中でも、彼の仲間たちは飄々としている。
「いやぁ、根こそぎ漁り尽くしちゃってすまんッス!(笑)」
「ごめん……ブフッ」
「悪いねえ気が利かなくて」
「お、おいお前ら、俺を盾にして煽るんじゃねぇ!!殺されるの俺なんだが!?」
軽口を叩く彼らに、こめかみを震わせるロゼ。
そんな光景を見ていて、俺は意外に思った。
(結構気安いんだなこの人たち)
冒険者界隈で恐れられているウォーカー姉妹に、ここまで臆さず会話する者を見るのは初めてだった。
よく見ると、一人ひとりが立ち振る舞いに自信が満ちており、強者の風格を持っていた。人数も四名と少数だし、全員Sランクなのだろう。
(おっと、そんなことを考えてる場合じゃない)
俺は今にもブチ切れそうなロゼに駆け寄り、なだめた。
「まあまあ、落ち着いて下さいロゼさん」
「う、ヴェールはん……」
俺が声をかけると、ロゼはしょんぼりとして視線を落とす。
(ごめんなさい陛下……ウチ……)
俺はロゼの反応にムッとした。
(――えい)
(ほわぁっ!?ちょ、陛下!?)
(むぅ……ロゼさんが敬語やめてくれるまで、ハグするのやめませんからね!)
(は、はわわわわ……――フシュゥ)
ロゼの思考回路がショートしていることに気づかず、俺は返事を待ち続けた。
そんな様子を見ていた男たちは唖然としていた。
「……なあ、俺たちは何を見せられてるんだ?」
「わっかんねッス」
「尊い」
「うんうん…………え?」
女魔法使いの発言に場が静まり返る。
「……ちょっと待って。もしかして君ってそっちの趣味なの?」
「おにゃのこ同士しか勝たんっ」
そう熱弁する彼女は、心なしか鼻息が荒い。そんなガチの反応に、メンバーはみんな戸惑いを隠しきれなかった。
「……マジかよ」
「俺、ソフィアの性癖初めて知ったッス」
「なるほど、だから男の誘い頑なに断ってたんだ?」
「むさ苦しい」
「言われてるッスよリーダー?」
「俺っ!?一度も口説いたことないんだが!?」
ザオビスの必死の弁明に、仲間たちはゲラゲラと笑い出した。
「にしても、何者なんスかねぇこの子」
「噂」
「噂?噂ってなんスか?」
「……ああ、たしか今朝協会で噂になってたね。突如現れた白髪の少女と桃髪のエルフが、ウォーカー姉妹を圧倒したとかなんとか」
「え、マジなんスかそれ!?」
「マジなんじゃねぇか?こんなん見たら嘘だとは思えん」
そう言ってザオビスは悲惨な姿になった壁を見やる。
「た、確かにッス」
「同意」
「ははは、もはやEXランクだね」
「こんなんがもう一人もいるんスか?」
「恐らくな。そういえば見当たらねぇな……」
周囲を見回すザオビス。
そして――
「……あ……ぇ?」
――壁際で我関せずと佇むクロネを見つけた。
「「「あ……」」」
他のメンバーもその視線を追うと、静かに声を漏らした。
「――はぁっ、はぁっ……ぅ」
動揺のあまり、息を荒らすザオビスはふらりと立ちくらむ。その場にいた仲間がすぐに支えた。
「……大丈夫スか、リーダー?」
「あぁ、大丈夫……俺は大丈夫だ」
まるで自分に言い聞かせるような返事だった。
仲間の支えを振りほどき、彼は自分の足で立ち直ると、クロネに声をかけた。
「――よ、よう……久しぶりだな。確か、クロネだっけか?」
「…………はぁ。そうだね」
面倒くさそうに返答するクロネ。その態度は冷淡そのものだった。
「冒険者、復帰したんだな」
「……復帰?私初めてなんだけど」
「――あ……そ、そうだったな、すまん」
「……チッ」
クロネが舌打ちすると、その場には重たい沈黙が訪れる。
(――え、何だこの空気?)
ロゼからの反応がなくなったことに気づき、仕方なく周囲に意識を向けると、何とも言えない不思議な空気が漂っていた。
「あ、その――」
「――あのさ」
ザオビスが何か話そうとしたところ、遮るようにクロネが声を上げた。
「わかってないみたいだからはっきり言っとくけど、私たちが仲間だったことは一度もないでしょ。馴れ馴れしくしないで」
「…………っ、すまん」
(え、えぇぇ……)
クロネのきつい一言によって、空気が完全に冷え切った。
(あんな顔したクロネを見るのは初めてだな…………あ)
そういえばモンステラにいい思い出がないとか言ってたっけ。
あの表情から察するに、この人たちに関係することで間違いないだろう。
(しかし、なんだろうな……)
俺は今の状況を考察する。
ザオビスたちはクロネに歩み寄ろうとしているようにも見えるが、どう接していいのかわからない様子だ。
一方で、クロネは頑なに何重もの壁を作り、そんな彼らを拒絶している。
(うーん、クロネが心を開けば解決しそうに見えるけど……)
ただ、気になるのはザオビスの表情だ。
一見悲しそうな顔をしているが、その奥にはもっと別の感情が隠れているような気がしてならない。
(……うん、よくわからん!)
少し考えてみたが、まるで答えが見えてこない。
確かなのは、関係者でもなんでもない赤の他人である俺が深入りすべきではないということ。
(でも、どうしたものか……)
この地獄みたいな空気は耐えられそうにない。
頼りになりそうなロゼとミシャはどちらも放心状態で、心ここにあらずといった様子だ。
何とかしたいが打つ手がない、そんなもどかしさに苛まれていると――
――バァン!
突然、彼らの後ろ――両開きの扉が勢いよく開かれた。
「――ちょっと!さっきもの凄い音したけど、大丈夫なのっ!?」
入ってきたのは幼いエルフの少女。驚くべきことに、彼女は身長が140しかない俺よりも低かった。
どうやら、ザオビスたちにはもう一人仲間がいたようだ。
「あ、ああ、ルピカか。ちょっと他の冒険者と鉢合わせてな……」
「え、あんた顔色めちゃくちゃ悪いわよ?大丈夫なの?」
「問題ない」
心配するエルフの少女――ルピカをよそに、ザオビスはクロネに向き直った。
「紹介するよ、こいつは最近加入した――」
「――興味ない。何度も言わせないで」
「あ……」
クロネの冷たい声がザオビスの言葉を斬り捨てる。それを聞いたザオビスの顔に深い影が落ちた。
そんな彼の隣で――
「――――――――え?」
ルピカは目を大きく開き、驚いていた。その視線の先はクロネに固定されている。
彼女はしばらく放心していたかと思うと、突然クロネに、走り寄った。
「――ね、ねえあんたっ!」
「……は?なに――ちょ、近いって!」
勢いよく迫るルピカに、クロネが一歩引く。
「あんた、名前は何ていうのっ!?ちなみに私はルピカ・ポルトレーよ!」
ルピカは興奮を抑えきれないようで、クロネの発言を一切無視して言葉を畳みかけた。
「いいから離れて!そんなに知りたかったらあいつらから聞けばいいでしょ!」
「――ひゃっ!?」
クロネはルピカを押しのけると、放心しているミシャを抱えて俺の近くまで来た。
「行こうヴェール。ここにはもう何もない」
「……そうだな、そうしよう」
俺もロゼを抱え、彼らに背を向ける。
「えっ、ちょっと待ちなさいよ!?まだ全然お話できてな――」
「――やめろルピカ」
「は、離しなさいザオビス!」
俺たちはザオビスがルピカをとめている間に距離をとり、彼らが見えなくなったタイミングで転移魔法を発動した。
☆★☆★☆
暗く狭い空間から、一転して緑あふれる木々の生い茂る場所へと景色が変わる。俺たちは無事にダンジョンから抜け出した。
「…………」
「……クロネ、大丈夫か?」
「……うん。ごめん」
「よくわからないけど、言ってくれたら相談くらい乗るからな」
「……ありがと。でも、今はいい」
拒絶、か。
「そうか……わかった」
まあいきなりは難しいだろうし、気長に待つとしよう。
そんなことを考えている間に、腕の中で気絶していたロゼがピクリと動いた。
「「――ハッ!?」」
どうやらミシャの方も復活したようだ。
「あ、二人とも起きましたか?」
「「……あれ?」」
ロゼとミシャはシンクロしたようにキョロキョロと辺りを見回した。
「ん?ウチらさっきまでダンジョンにおらんかったっけ……?」
「せ、せやんなお姉ちゃん!気のせいじゃないやんな!?」
「先行していたパーティーがいたみたいで、根こそぎ取られていたので帰ってきちゃいました」
俺がさらりと説明すると、ロゼとミシャは困惑した表情を浮かべた。
「……え、帰ってきちゃいましたって……まさかウチらのこと運んでくれたん?」
「はい、勝手に決めちゃってすいません」
「い、いやいや謝るんはウチらの方というかなんというか……」
ロゼはミシャに見えないように口パクで「すんません!すんません!」と謝り、恐縮していた。
(むぅ……)
そんなロゼを見て俺は、知らず知らずのうちに頬が膨れていた。
(もっと気安く接してくれていいのに……)
本当に皇帝という肩書きが邪魔だ。ロゼの態度が全然変わってくれない。
(――そうだ!)
どうしたものかと思案していると、ふと、ある考えに至った。
それを早速実行する。
「いえいえ、
「わー!わー!わー!」
俺の言葉に覆いかぶせるよう声を張り上げるロゼ。
「――うるさっ!?ちょっとお姉ちゃん!?」
ミシャは咄嗟に耳を塞ぎ、姉に抗議した。
「何も聞こえてないなミシャ!?大丈夫やな!?」
「いや、聞こえてへんけど……何なんお姉ちゃん、最近おかしいで?隠し事でもしとるん?」
「――え゛っ!?き、気のせいやって!そんな隠し事なんてなんも……」
「じー」
「…………っ」
ミシャの疑いの視線に、気まずそうに目をそらすロゼ。ちょっといじわるなことをしてしまっただろうか。
だが、その割にはあまり効果はなさそうだ。
(これは、長期戦になりそうだな……)
ロゼの態度を見ながらそんなことを考えていると……
「……あれ、クロネはん?」
ロゼが暗い表情をしているクロネを見つけた。
「え、なんなんあの辛気くさそうな顔……頭にキノコ生えそうやん」
ミシャがクロネを野次るが、彼女は反応しない。
俺は二人に軽く説明した。
「先行してたパーティーと昔何かあったみたいでして……」
「は?あいつらのせいかいな……クロネはん、ウチがぶっ飛ばしてきたるでっ!」
「…………」
ロゼが怒りの声を上げるが、これにも無反応。
「え、これガチのやつやん……」
ロゼはクロネが本気で落ち込んでいることを悟った。
(――おいミシャ、なんとかせえ!)
(は、はあ!?なんでウチが!?)
(ほら、ヴェールはんが困ってんで。アピールするチャンスや!)
(う、うぐぐぐぐ……)
ミシャはたっぷりと葛藤したあと、意を決してクロネに近づいた。
「――クロネっち」
「……」
「特別に、ホンマに特別に、今日だけやで?この前ヴェールちゃんのコスプレ写真見せてくれたお礼に――」
ミシャはおもむろにスマホを取りだした。
「――今日だけ、マックスちゃんのランキング1位限定エピソード見せたるから、元気出し――」
――ガシッ!
「――うひゃあっ!?!?」
微動だにしなかったクロネが突然動き出し、ミシャの肩をガッチリと掴んだ。
「――早く見せて、さあ早く!善は急げだよ!」
「怖い怖い怖いっ!!急に元気になりすぎやろっ!?」
「何を言ってるの!私達にとってマックスちゃんの限定エピソードは生きる意味でしょ!元気にならない方がおかしい!Q.E.D.!」
「え、えぇ……」
ミシャはクロネの勢いが予想以上で、若干引いていた。
「……ハッ!?そうだ!そのエピソード、コスプレしたヴェールに演技させよう!」
「え――」
ミシャはクロネの提案に固まり、震えた。
「――天、才?」
「……ふ、崇め奉るといい」
クロネは得意気に胸を張る。
「……というわけだから、よろしくねヴェール」
「ヴェールちゃん、ウチからもお願い!」
……まあ、そうなりますよね。
「ハイヨロコンデ」
俺はクロネを元気づけてくれたミシャに報いるため、またクロネが落ち込まないために、心を無にして返事した。
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