第53話 ななななんのことでしょうか
「それで、話したいことって何でしょう?」
人気の一切ない路地裏に着いた途端、ヴェールが催促してきた。彼女は少し気になっていたのか、好奇心に満ちた目でこちらを見ている。
「まあ、その……主に謝罪とお願いですわ」
「謝罪とお願い……?」
「はい。その……えっと…………」
ああ、やばい、どないしよう。
いざ話すとなった途端、口が鉛のように重たく感じられた。
「その………あの…………」
そんな風に、ウチが話を切り出せないでいると――
「――あ、もしかしてアレですか?」
「へ?」
何か心当たりがあるのか、ヴェールが聞いてきた。
「実はノールさんのアイテムボックスの値段がもっと高かったとかですか?」
「いや、全然ちゃいますけど」
何を言っているんだろうかこの人は。的外れにも程がある。
「あれ、違いましたか……あっ、わかりました!経験値の話ですよね!流石に全部は欲張りでしたか……」
「いやいやっ、あの契約はウチらが得しすぎてますし、不満なんか一切ありませんて!」
「あ、あれぇ?これも違いましたか…………はっ!?ま、まさか――」
ヴェールの顔が青ざめる。そして、恐る恐る言葉を紡いだ。
「……実はこのバッジ、AMWIGじゃなくてMWIGだったとか――」
「――なんでやねんっっっ!!……あ」
しまった。ヴェールがあまりにも予想斜め上のことを聞いてくるものだから、思わずツッコミを入れてしまった。
「なんだぁ……ほっ、よかった」
ウチの渾身のツッコミを聞いて、ヴェールは安心した様子で胸を撫で下ろしている。
(すごいな、本気でそれを心配しとったんか……)
バッジの話は冗談でもなんでもなく、ガチだったらしい。
(どこか抜けてんなとは思ってたけど、ここまでやったとは)
目の前で「あーでもない、こーでもない」と考え込むヴェールを見ながら、ウチは改めて彼女の天然ぶりを実感した。
そして、ふと彼女の顔に目が留まる。
(……あれ?なんか昨日と印象が全然ちゃうような?)
今日初めてまともにヴェールの顔を見て、違和感を覚えた。
少しして、その違和感の正体に検討がつく。
(ああ、そうか――尻尾隠すついでに顔も変えてたんか)
昨日尻尾の幻術が解けた際に、顔の変装も同時に剥がれたのだろう。
初めて顔を合わせたときは、将来美人さんになりそうという印象だったが、今目の前にいる彼女は違う。
目、鼻、口、顔の輪郭、肌のハリ、髪のツヤ――どれを取っても、まるで美の黄金比を体現したような存在だった。
(どおりで目が離せんわけや……)
息を呑むほどの美貌に、一瞬見惚れてしまう。
(……って、見惚れてる場合ちゃうわ)
だがすぐに首を振り、ウチは本来の目的を思い出した。
口は……もう大丈夫、ちゃんと動く。ヴェールの天然っぷりに当てられ、緊張がほぐされていた。
覚悟を決めて、腕を組んで唸っているヴェールに声をかける。
「うーん……あれか?いや流石に――」
「――
「じゃああのときの……ん、今何か言いましたか?」
聞こえていなかったらしきヴェールに、もう一度、丁寧な発音を心がけて話した。
「――落ち着いて下さい
「……へ、い?」
……………………。
………………。
…………。
「――――ゴハァッッッッ!?!?」
たっぷり数秒かけてようやく何を言われたか理解した彼女は、精神に深手を負った。
「え、えっとぉ……へーか?ななななんのことでしょうか」
明らかに動揺しながら、とぼけようとしていた。それは無理がありすぎる。
ウチは冷静に現実を突きつけてあげた。
「ウチのご先祖様のこと知っとる人なんて、調停者くらいしかおりませんて」
「――グハァッ!?」
ヴェールがさらに顔を歪める。
「そのなかで悪魔になれる可能性のある人は一人だけですやん」
「――ゴフッ!?」
彼女の膝がカクンと折れる。
「あと普通に使える属性多すぎです」
「………………………………」
そして、その場にへたり込み――
「……ですよねぇ」
――真っ白に燃え尽きた。
「は、ははは…………どおりでロゼさんの口調が変だったわけですね」
「まあ、その……すんません」
「いやいや、私がアホ過ぎただけです……ロゼさんが悪いわけではありませんよ…………はは」
顔に影を差し、力なく笑うヴェール。
ウチはそんな彼女に申し訳なく思いながらも、興味が勝ち、気になっていたことを質問した。
「正体、隠してはるんですよね?何でか聞いても?」
「……はい、構いませんよ」
そう言って彼女はポツポツと話し始める。
ウチは雲の上の人物から話を聞くという状況に背徳感を覚えつつも、その話に耳を傾けた。
要約するとこうである。
「――と、まあこんなかんじです」
「なるほど……なんといいますか、思うてたより人間味があって安心しました」
「人間味、ですか?」
「はい。マクス・マグノリア皇帝陛下といえば、完璧超人のめっちゃ凄い人って認知されとりますし」
「……ああ」
ヴェールはウチから視線を外し、遠くの空を見上げた。
「なんかレーネルが尾ヒレつけまくってあることないこと吹聴したっぽいんですよねぇ……初めて聞いたとき誰その人って思いましたし」
ウチはヴェールの性格をある程度知っているから驚かなかったが、他の帝国民がこの話を聞いたら卒倒するだろう。
「私はそんな凄い人じゃないんですよ……アホだしドジだし、隠すつもりでいても簡単にボロが出ちゃうくらいポンコツなんです……今回みたいに……ははは」
そう自虐するヴェールの周りには、どんよりとした空気がまとわりついていた。
「ウチは好きですけどね」
その言葉は自然と口から出ていた。
「えっ……?」
ヴェールが驚いてこちらを見る。ウチは続けた。
「少なくとも、何でも完璧にこなしてまうロボットみたいな人よりは、陛下みたいな人の方が、ウチは好きです」
「ロゼさん……!」
彼女は感極まったのか、ウチの右手を両手で包み込み、瞳を潤ませてこちらを見つめてきた。
「――ふぁっ!?へ、陛下!?」
「私、バレたのがロゼさんで本当によかったです!」
そう言って、大きく美しい空色の瞳がグッと近づく。
ウチは彼女の行動に心を乱されまくっていた。
「――ち、近い近い近いっ!?」
意識しないようにしていたヴェールの顔が間近に迫り、心臓が飛び跳ねてバクバクとうるさい。
あと、うるうるとした瞳と妙に紅潮した頬がやけに色っぽく映る。変な気分になるからやめていただきたい。
「――あ、ごめんなさい。つい……」
「い、いえ、大丈夫ですんで」
ヴェールが少し距離を取り、気まずそうに頭を下げる。その間、気まずい空気が流れたが、ヴェールはすぐ切り替えて別の話題を投げかけた。
「そ、それで、その……お願いなんですが……このことは誰にも――」
「――ええ、安心してください。まだミシャにも言うてません」
「……えっ、そうなんですか?」
ウチの言葉が意外だったのか、ヴェールは目を丸くした。
「はい。そのことに関係するんですが、ウチからもお願いがあって……」
「なんでしょう?」
ヴェールが首をかしげる中、ウチは少し深呼吸をし、覚悟を決めて告げた。
「――ウチらと関わるんは、もうやめてください」
「…………えっ」
ヴェールの体がピシリと固まる。
そして、次第に目じりから涙がにじみ始めた。
「――ど、どうしてですかっ!?私、なにかしちゃいけないことしちゃいましたか!?」
「い、いやっ、ちゃいます!ウチらといたらご迷惑をおかけしてまうからです!」
ウチは慌てて否定した。その幼い容姿と涙のコンボは反則である。
「へ、迷惑ですか?お二人が周りから避けられていることでしたら、気にしませんよ?」
「いや、それもですけど……ミシャのことです」
「ミシャさんがどうかしたんですか?」
「クロネはんと同じ趣味してるからわかると思うんですが、アイツはマックスちゃんというキャラが病的なまでに好きなんです。なのでもし正体に気づいてしもうたら"リアルマックスちゃんや!"とか言うて間違いなく暴走して、とんでもないご迷惑をおかけしてしまいます」
ヴェールは真剣な表情で考え込むと、小さく首を傾げた。
「えっと……それはただクロネが二人に増えるだけでは?それくらいなら全然――」
「――いやいやいや、ウチのはホンマヤバいんですって!多分クロネはんの比になりません!」
「じゃ、じゃあ私はどんなことされちゃうんでしょうか?」
「そうですね……例えば――」
ウチはミシャの行動を脳内でシミュレーションする。そして、どれだけヤバい存在かわかっていなさそうなヴェールに、その結果を伝えてあげた。
「――まず、急にハグしようとしてきます」
「……………………え、普通では?」
「え?」
お互いしばらく無言になる。
どうやらまだミシャの恐ろしさを理解できていないようだ。
ウチは続きを伝えた。
「――そして体中あちこちまさぐられます」
「……………………え、普通では?」
「え?」
お互いしばらく無言になる。
どうやらまだミシャの恐ろしさを理解できていないようだ。
ウチは続きを伝えた。
「――最後にはキスされてまいます」
「……………………え、普通では?」
「え?」
お互いしばらく無言になる。
ウチはさすがにツッコミを入れざるを得なかった。
「いやいやいやいや!?絶対普通ちゃいますけどっ!?」
「え?でもハグとかボディタッチくらいみんなしてきますし、女の子同士なら普通のコミュニケーションでは?キスならクロネも迫ってきますし、何なら昨日寝込みを襲われかけましたよ?」
「え、ええ……」
ウチがおかしいのだろうか。
(――いや、ちゃう!陛下が可愛いからみんな過剰に愛でてるだけや!)
話を聞く限り、陛下は生まれたばかりの女の子初心者だ。そんな状況下で過剰な愛情表現を受けまくり、それが普通なのだと錯覚してしまっているのだろう。
(……あれ、なんか大丈夫そうな気がしてきた)
これならミシャが暴走しても全然受け止めてくれそうだ。
「あの、聞いてる感じやっぱりクロネが二人に増えるだけだと思うんですが……」
「いや、すんません……クロネはんがそこまでやとは思ってなくて……その、ホンマにエエんでしょうか?」
「いいに決まってます!せっかくこうやって知り合えたのにもうさよならだなんて、私嫌ですよ!」
「う、ウチも、その、国民の信仰が怖い言うてた陛下は嫌かもですけど……お会いできてめっちゃ光栄ですし、こんなところでお別れしたくなんかありません!」
「……は~~〜、よかったぁ。嫌われちゃったのかと思いましたよ」
「そ、それに関しては誤解を招くような言い方してすんません」
「いえ、私の方こそ、早とちりしてしまって……えへへ」
「……あはは」
自然と笑いが溢れる。
「……戻りましょうか」
「はい。もうだいぶ経ってもうてますし」
「これからよろしくお願いしますね、ロゼさん」
「こ、こちらこそ……よろしくお願いしましゅ」
思わず噛んでしまった自分に赤面する。ヴェールは気にする様子もなく、柔らかな微笑みを浮かべていた。
☆★☆★☆
元いた場所まで戻ってきた。
道すがらウチらは話し合い、ミシャにはしばらく隠しておくことに決めた。
ヴェールの好意に甘えたいのは山々だが、やはり迷惑をかけるのは忍びないので、様子を見てウチから話すということで合意を得た。
のだが――
「――お姉ちゃん聞いてや!やっぱりヴェールちゃんは“リアルマックスちゃん“やったんや!」
「――ブフォッ!?」
嬉しそうに話すミシャに、ウチは思わず噴き出した。
(あ、あれぇ?)
もしかして、既にクロネが話してしまったのだろうか。
そう思っていたが、どうも様子が違うようだ。
「ほらこれ見てや!」
「……ん?ああそういうことか」
「クロネっちにもらったんや!もうこんなんホンモノやろ!」
ミシャが興奮気味に見せてきたスマホの画面には、マックスちゃんの
ひとまず、ヴェールの正体がバレたわけではなさそうだ。
(にしても陛下、体張りすぎやろ……)
露出度の高いマックスちゃんコスを身にまとうヴェールは、恥ずかしそうに顔を赤らめているせいで余計に色気が増していた。特にマックスちゃんに興味のないウチでも、これには欲情を掻き立てられてしまう。
チラリとヴェールの方を見ると、目を点にしてミシャのスマホを見つめていた。そしてうつむき、プルプルと震えだすと……
「――クロネぇええええ!!!」
怒りが爆発した。
「おまっ、せめて一人で楽しんどけよ!?」
「……ふーん、じゃあアイツの足止めしてなくてよかったの?」
「うぐっ、それは……でも、もっとやりようが――」
向こうでヴェールとクロネが言い争っているのを尻目に、ウチは嬉しそうに画面を眺めているミシャに声をかけた。
「……なあミシャ」
「ん、どしたんお姉ちゃん?」
「ウチもそれ、もろてエエか?」
「――はっ!?お姉ちゃんが乙女の顔になっとる!?」
「は、はぁっ!?」
急に何を言い出すんだこの妹は。
「お姉ちゃん……ようこそ、こちら側へ」
「――やかましいわ!」
まったく……ウチのは断じてそういうのではない。
そういうのではないが――
「…………」
とりあえずホーム画面の壁紙にしておこう。
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