世界を救った後、最弱の魔物になった勇者は魔王となる

小林蓮

第1話 始まりの終わり

「……やっと届いた」


「ええ、切り裂かれたのは初めてよ」


 勇者として魔王を討伐しに来た少年は今、切り裂いた少女の体と共に落下していた。


 少女のような容姿の魔王を見て、少年は笑う。


 この少女に世界は滅ぼされかけたのだ。


 一代で魔界を統一し、巨大国家を立ち上げて世界征服に王手をかけた。

 他の種族はそれに対抗し、できたのは魔界に対する他種族の構図。


 実質全世界を敵に回した少女はそれでもなお勝利を重ね。それまで誰も登り詰めた事の無い高みへ辿り着いた。


 そして今、勇者と共に落ちている。


 落ちたのは森の中。

 少女は下半身が無く、少年は全身に穴、出血で水溜りができ、両足が無い。片目も潰れている。


「あー楽しかった!」


「それが今際の際の台詞かよ」


 両者戦闘不能。

 魔力も練れず、体を起こす事すらできない。

 それでも少女は幸せそうに笑っていた。


「ええ。こんなに楽しかった戦闘は初めてよ」


「今までにも戦闘はあっただろ。それは楽しくなかったのかよ」


「あなたなら分かるでしょ?」


 少女はこちらを見て、にやりと笑う。


「……まぁな」


 恐らく少女は本気で戦ったことなど無かったのだろう。

 龍だろうと悪魔だろうと、どんな相手も少女の一薙ぎで命を落とす。


 少年との戦いで少女は初めて本気を出した。


 本気を出して、己の自分でも知らない力を引き出し、その全てをぶつけ――


 ――それでもなお、勝てない。


 そのことがたまらなく嬉しく、楽しく、幸せで、笑みがこぼれてしまう。


「俺もそうだ」


 少年もまた同じだった。

 少女と同様の経験をして、理解できてしまう自分に少年は自嘲気味に微笑む。


「でしょ?」


 少女はそれを見ていたずらっぽく笑った。


「本当に楽しい時間だった。ねぇ勇者、またやらない?」


「はぁ? 俺達はもう死ぬんだぞ?」


「私の魂は巡る。その時の私は私じゃなくても、必ずいつかここに戻るわ。だから貴方も巡りなさい。必ず戻るのよ」


「無茶言うな。俺は人間だぞ」


「些細な事よ」


 魂の輪廻を『些細な事』と断じる少女。

 それは歴代の魔王の一切が成し得ぬ偉業を成した傑物らしい、偉業が日常の天才の言葉。

 その言葉に、そんな彼女からの信頼を少年は感じ、苦笑した。


 そんな少年をよそに少女は問う。


「それより勇者、名前は?」


「リアムだ」


「私はルナ。全魔物を統べるものにして稀代の魔王よ! 覚えてて」


「分かった。ルナ」


「……時間ね、私はもう死ぬわ」


「そうか」


「じゃあ最期に約束」


 少女は少年の目を見据え、震える手で少年の手を掴む。


「必ずまた会うわよ。絶対」


「……ああ、できればな」


 返事は無かった。

 横を見るとルナの表情は無くなっていた。


 今まで隣に居た少女の魔力はもう感じず、重なる手は冷たい。

 少年は不思議な孤独を感じた。


「……死んじまったか」


 少年も自分の命が薄まっていく感覚を覚える。


 (やり遂げた後なら別に良いと思ってたんだけどな)


 目を瞑る。意識が遠のいていく。


(全くルナのやつ……できるわけない約束していきやがって)


 少し心残りができてしまった。


(魂を巡らせるってどうやるんだよ)


 やり方も知らないし、できる気もしない。


 それでも少女の言葉で望んでしまった。


(あぁ……ルナの魔王節が移ったか?)


 自覚した自分の望みに辟易しながらも、その口の端には笑みが浮かぶ。

 

(もう一度ルナと戦いたい)


 最後にそう思い、勇者は死んだ。


………


 そうして勇者はその命を賭して魔王を倒し、世界に平和をもたらしました。


 めでたしめでたし。


(だと思ってたんだけど……何で俺生きてるんだ?)


 意識が覚醒し、自分が生きていることを理解する。


 確かに、俺は死んだよな?


 そう思いつつ体を起こそうとして――気付く。


(体が……ウィスプになってる)


 俺の体は炎の形をしていた。  


 確かこいつは魔力溜まりに生まれる魔物で、意思もなく浮かんでいる奴だ。

 強い能力を持つわけでもないのに、明るくて目立つし魔力も多く含んでいる。


 だからこいつはよく食べられる。


(……まじかよ)


 つまりは食物連鎖の最下層。


 どうやら俺は、最弱の魔物に生まれ変わったらしい。

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