第161話 『13日早まったペリー来航』

 嘉永六年四月二十四日(1853年5月31日) 奄美大島


重畳ちょうじょう重畳。予想通りだ。さすが薩摩隼人、よくやってくれた。これでペリーも強硬な態度は出来ないだろう。琉球でこうなのだから、わが国に対しては対応を和らげてくるはずだ」


 就役したばかりの徳行丸(400t)の艦上で状況を説明する次郎であったが、やはり至善丸はスクリューの改良が間に合わなかったために参加できていない。


 徳行丸(400t)と昇龍丸(360t)、蒼龍丸(360t)と飛龍丸(73.5t)の四隻である。武装は飛龍丸の6lbポンド砲4門と4lb砲2門。徳行丸他二隻は36lb砲2門と24lb砲4門となった。


 この艦隊における乗組員は大村藩選出の人員を主体としており、伝習所の一年生を除くメンバーが選ばれた。辛うじて幕臣を含む諸藩の伝習生の初年度入学者も含まれたが、成績優秀者に限られた。


 次郎の長男である武直(当時数え17歳)は伝習生参号生徒であり、勝海舟や永井尚志・木村芥舟・岡部長常らの幕臣、五代才助や小松尚五郎(帯刀)らの諸藩の一期生と同じく乗艦していた。


「御家老様……いえ、この場ではなんとお呼びすれば良いのでしょうか」


「え? 呼び方?」


 伝習生らの問いかけに次郎は少し戸惑ったが、こう答えた。


「そうだな。艦上では長官と呼んでくれ。短いし分かりやすい。殿が御座乗になっておるゆえ、最高指揮官は殿となるが、まあ、細かいことは気にするな」


 わはははは! と笑って答える次郎に全員が笑う。普段の呼び名は太田和様である。次郎(様)は親しい間柄だけ呼ばせているのだ。

 

 オランダからの教官であるライケンも同じく乗艦していたが、あくまで日本の大村藩の艦である。参謀という形だ。


 





「殿、これより北上して浦賀を目指します」


「うむ。して、如何いかがいたすのじゃ?」


 純あきが今後の予定を次郎に確認する。


 大名にしてはフットワークが軽い。鍋島直正も自らオランダ軍艦の艦上にて色々と見回ったり、陣頭指揮をとるなどしているが、直正や斉彬と比べても、純顕はまったく遜色ないのだ。


「は。まずは補給をしつつ訓練をかねて北上し、相模湾、相模国の海上をそう呼ぶ事といたしますが、三浦郡城ヶ島村にて停泊します。これまでおおよそ半月を予定しておりますが、停泊中は米艦隊が北上して江戸内海に入るのを見張りまする」


「うむ」


「その後、通過を認めたならばさらに追いまする。米艦隊は浦賀もしくは久里浜沖に停泊するでしょうから、さらに津久井・長沢・野比とすすめ、こちらも停泊いたします。米艦隊が見えるか見えないかの距離で待機をして、兵を上陸させて状況を調べさせます」


「なぜすぐに近づかぬのじゃ?」


 純顕にしてみれば、江戸湾進入を試み、強硬に開国をせまってくると聞いている米艦隊に対しては、断固とした態度で臨まなければならないと考えていたのだ。攘夷じょういという思想ではない。


「敵は恐らく四隻、そのどれもがわが軍艦より大きな艦にして、さらに武装も強力にございます。下手に動いてはこちらも攻撃されかねませんので、相手の出方をうかがい、その行動によって決めるのです」


「ふむ」


「目的は親書を渡し、開国をさせる事ですから、公儀もそれに対して使者を遣わすでしょう。しかし簡単には渡すとは思えませぬ。最上位の役職となるものにしか渡せぬと言い、浦賀の湾内を測量するかと存じます。これはわが国としては許すべからざる仕儀にて、これをもって接近いたします。しかる後に……」


「然る後に?」


 純顕の目が輝いている。次郎と同い年で30歳を超えているが、まるで子供のような眼差しなのだ。次郎は純顕のそういうところが好きなのだろう。笑顔で答える。


「然る後に大砲を放ちます」


「なんと! こちらから仕掛けるのか? れどそちは先ほど、船の大きさも大砲も、あちらが上手だと申したではないか」


「申しました。それ故、たちまち(実際)には放ちませぬ。空砲を放つのです」


「なに? 空砲とな?」


 純顕は一瞬きょとんとしたが、すぐにイタズラっぽい顔をして次郎に聞いた。


「何ゆえ空の砲を放つのだ?」


「はい。異国の軍では他国の来賓を迎える時、弾を込めずに空の大砲を撃つしきたりがございます。これは、弾を撃ちつくして、こちらはもう撃てません、敵意はありません、という事を由来にしているようにございます」


「こちらは歓迎はしておらぬぞ」


「然に候。故にでございます。まずわが国も礼に則って迎えるので、武をもって大上段に構えた交渉などするべからず、と先んずるのでございます」


「ふむ」


「おそらくはメリケンは浦賀の湊を測量などして脅しにかかろうとするでしょう。まずそれを封ずるのです」


「うべなるかな。次郎よ、そちは誠に面白い事を考えるのう。ははははは。楽しみじゃ」





 ■嘉永六年五月十九日(1853年6月25日) 浦賀沖


「提督、この辺りが停泊するのに最も適しているかと思われます」


「うむ。琉球では嫌な思いをしたが、さっさと任務を終えて帰ろうではないか」


「は」


 ペリー艦隊は史実より13日早い来航ではあったが、歴史どおりに浦賀沖に停泊した。





 ■浦賀奉行所


「申し上げます! 浦賀沖に大船! その数四隻にて尋常ならざる大きさにございます!」


 浦賀奉行の戸田氏栄うじよしは、見張りからの報告を聞き、事の重大さを考えてすぐに幕府へ報告するとともに、中島三郎助をアメリカ艦隊へ向けさせた。





「如何であった?」


「は、船は過日、浦賀に参った大村家中の船よりもさらに大きく、比ではございませぬ。また、メリケンはわが国と通商を結ぶべく、大統領の親書を渡すのが此度こたびの当て所にございます」


「うむ。他には?」


「は、まずは鎖国はわが国の祖法ゆえ開国は能わぬ事、またどうしても親書を渡したくば承る、と伝えましたが、それがしの身分が低いことをあげて、渡せぬと申しておりました」


「うむ、あい分かった。では明日、改めて遣いを出すとしよう」


 氏栄は三郎助をねぎらい下がらせた。


 明日は浦賀奉行と称して香山栄左衛門を派遣するつもりだが、ペリーはどう対応するだろうか。





 次回 第162話 (仮)『サスケハナ艦上にて対峙する』

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