第41話 『藩校五教館の改革と私学校設立の願い』(1840/3/15)

 天保十一年二月十二日(1840/3/15) <次郎左衛門>


 よし、ここまでの事を整理してみよう。石けんや椎茸しいたけの採算なんかは別だ。


 ・硝石丘法にて製造開始。3年後を目処に各村の山奥に設置。


 ・椎茸は栽培中。原木栽培のため収穫には約2年を要する。菌床栽培は今後の研究次第。成功すれば椎茸市場を席巻するだろう。


 ・ペニシリンは薬効を調べる対象の菌を、納豆菌からこうじ菌へ変更。最初に培養する青カビを、みかん・餅・米ぬか・豆腐の他、様々なものから採取、培養。


 ・雷管。雷酸水銀二価の精製中だが、一時停止中。


 ・捕鯨銃。銃によるモリの発射で捕鯨を行うため製作中。小型と大型の二種類。点火方式は対人ではないので燧発すいはつ式。炸薬さくやく付のもりを発射するボムランス銃 (Bomb Lance Gun、ボンブランスとも)と呼ばれる捕鯨銃を開発中。


 ・捕鯨船。450石(67.5トン)程度の船。網捕り式捕鯨と捕鯨銃の併用。セミクジラやコククジラ、ナガスクジラが対象。汽船開発後はノルウェー式捕鯨に移行予定。


 ・耐火レンガ製作については窯職人に依頼、随時状況をみてアドバイス(信之介)


 ・コークスは高炉の建造後に必要だが、先行して炭焼きの職人に依頼してビーハイブ炉を製作中。


 ・高炉と反射炉については建造予算や設計図の作成、原材料調達などを進行中。十分に検討したのちに建造開始。


 ・蒸気機関、蒸気船は手つかず。まず蒸気機関の小型模型(鉄製ではない)を製作予定。その後稼働する小型機関を製造予定。


 ・鯨組の乗組み予定の人員に、六分儀等の操作方法を教育中(航海術全般・帆船の操船は専門外なので後日)。





 信之介「おい、やっぱり人が足りねえよ」


 愚痴る。


 一之進「まあ確かに、俺たち4人じゃやる事がわかって頭で理解していても、仕事量には限界があるからな」


 眠そうだな。


 お里「ねえ次郎君、アシスタントで何人か雇うのはどうかな?」


 グッドアイデアと言わんばかりに目を輝かせている。残念ながらそれは俺も考えていたよ。


 一之進「でも、隼人はともかく、全くの素人を雇うのもどうかと思うぞ。この前の納豆じゃないけど……」


(馬鹿たれ! 蒸し返すな!)


 一之進「ごほん、げふん。多少なりとも知識がないと失敗する可能性はあるよね。悪気はなくても、そうなったら水の泡だ」


「「「確かに」」」


 次郎「これは絶対にやっちゃダメだって事を決めて、雇えばいいんじゃない? 人が足りないのは事実だし、仕方ないと思う。ただね、ちょっと考えているんだけど……」


 なんだ? と信之介が聞いてくる。


 次郎「学校を作った方がいい。いや作らないといけないと思うんだよね。今後の事を考えると。作業量が増えたら人を雇えばいいけど、研究や開発をするなら、ある程度基礎学力がある人間が要るよ」


 どう思う? という俺の問いかけに3人が答える。


 信之介「作るのはいいけど、誰が教えるんだ?」


 一之進「だな。この時代の学校なんて、確か何と言うか漢学? 朱子学? 四書五経? 実学とはほど遠いぞ」


 お里「そうね。学力レベルがどうこうって話じゃなくて、学んでいる中身が違うから、私たちの研究にはついてこれないよ」


 そこなんだ、と俺は答えた。


「この時代、洋学? と言えばらん学だ。オランダ語もそうだけど、医学・天文学・博物(動植物)学・化学・地理学、暦学(天文学)などの自然科学が中心だね。それでも、俺たちの学んできた道とは違う」


「うーん。で?」


 信之介が結論を急ぐ。


「俺たちが教えればいい」


 はあああああ? ? という3人同時の驚きの声。


「教えるって、俺たち教員免許なんて持ってないだろう? なあ?」


 信之介の発言に全員がうなずくが、俺は反論した。


「なにも完璧な教育という事じゃないよ。読み書きそろばんの寺子屋だって、足し算や引き算は知ってても、かけ算や割り算は全員じゃない。寺子屋プラスアルファの教育をやって、中学校と高校は得意分野をやればいい。大学は、まあ専攻があるから弟子入りみたいなもんだな」


「うーん」


 信之介が考え込んだが、一之進は違った。


「1日に1時間から2時間教えるにしたって、それは誰を対象にするんだ? 武士か? 町人か? 農家か?」


「全員だ」


 と俺。


「……寺子屋は身分の差はなくて勉強していたようだけど、お里はどうなんだ? 言っちゃ悪いけど女の子だぞ。この時代厳しくないか?」


 一之進の言葉に納得しつつも、現実的な答えをした。


「江戸じゃあ3人に1人が女の先生だったようだよ。それから、少ないけど女性の生徒もいた」


「まじか……」


「どっちにしても、お殿様のお許しがないと難しいね」


 お里の言葉に全員が納得した。





 ■玖島くしま


「どうだ? その後は滞りなく進んでおるか?」


「は。おかげ様をもちまして、万事つつがなく運んでおります。りながらこたびは、お願いしたき儀がございます」


「うむ、なんじゃ。わしも大抵の事には驚かなくなったぞ」


 わはははは、と陽気に笑う純顕である。


「されば申し上げまする。藩校、五教館に蘭学を取り入れていただきたく、お願い申し上げます」


「蘭学、とな」


「はは」


 同席している信之介も含めて、次郎は蘭学を修めている事になっているが、残念な事に語学の知識を含めたその辺りの記憶は曖昧なのだ。つまり、オランダ語は話せない。


「まずはオランダ語にございますが、本来ならば日本語を話せるオランダ人が良いかと存じますが、難しゅうございます。医学・天文学・博物(動植物)学・化学・地理学、暦学(天文学)などの自然科学を学ぶには各地の蘭学者を招聘せねばなりませぬ」


「うむ。然れどそれはすぐには難しいの」


「は。それゆえひとまずは、高島秋帆先生のもとに弟子入りしておりました、立石昭三郎(兼近)をオランダ語の教授としていただければと存じます」


「昭三郎をか?」


「は。ゲベール銃については領内の鍛冶屋に命じて製造しておりますが、いまだ二百挺に届きませぬ。洋式調練もいたさねばなりませぬが、蘭学、洋学の素養を学ばせるのは急務かと存じます」


「ふむ、あいわかった。新たに蘭学を加えるといたそう」


「加えて今ひとつ」


「なんじゃ?」


「藩校ではなく、それがし私塾を開いて広く学問の門戸を開き、藩の礎となる人材を育てとうございます」


「……さようか。藩校でないならば、なんら差し障りはない。資金は要すのか?」


「は、多少は。されどそれがしの裁量のうちの金で賄えまする。常の如く、何にいくら使ったかは、つぶさにお知らせいたします」


「いやいや、そのような事を言うておるのではない。そもそもお主が稼いだ金じゃ。藩の財政に寄与するだけでもありがたい。存分にやるがよい」


「は。ありがたき幸せにございます」





 次回 第42話 藩校五教館への蘭学導入と私塾の命名

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