空間をあらわすもの

@nattomochi

第1章 前向きに生きるしかないので

第1話

 ファンタジー世界に転生する小説が好きだった。


 昔は何となく異世界に行って、気がついたら帰ってくるような設定が多かった気がするけど、最近は、なぜかトラックにはねられて命を落とさなければいけないような、暗黙のルールみたいなものが定着してしまっている。


 そのせいで、何となく宗教的なものを感じはじめているのだが、単なる流行の一端なのかもしれない。


 ヒット作品があればみんな真似をして、同じような作品が供給過多になるものだ。その点に関しては今も昔も同じことなのかもしれないけれど、今はネットで情報交換ができるので取り締まりも早い。


 そんなことを考えながら、私はまさにトラックにはね飛ばされている。ちなみに一般人女性で特殊能力はない。時間が恐ろしくゆっくりと動いていて、何かできそうな気もするが、もう体が宙に浮いているのでどうすることもできないだろう。これはアレだ……ほら、事故のときにすべてがスローモーションになるという噂のアレ。せめて痛くありませんように。アスファルトが遠い。あ、まずい…予想着地点になんか尖ってるものがある……








「うぅ……」



 目覚めると、沢のような場所で、体が半分浅瀬に浸かっていた。周囲は森のようだけど、かなり傾斜があるので多分山の中だろう。これは夢? それとも、さっきまでのが夢で、本当は登山中で遭難していたのか? そういえば最近ネットの動画で『山の遭難チャンネル』を見るのにハマっていた。頭が混乱しているけれど、とにかく体を動かしてみる。どこも怪我はしていないみたい。


 自分の格好を見ると、何とまさかの普段着にスニーカーだった。荷物なし。ああ…山に詳しい人に怒られる……いや、でも登山した覚えなんてないんだが。普通に街中を歩いていたんだから、自分に非はないと自信を持って言える。……はず。


 とりあえず気温は寒くもなく暑くもない。助かった……といえるのだろうか。私はびしょ濡れの服を乾かして、火おこしに挑戦してみた。無理だった。いや大丈夫、何を隠そう某英国元SAS仕込みのサバイバル番組を視聴していたのだ。気合いで貴重なタンパク質を探す。幸か不幸か水だけはある。



「はぁ……」



 見つかったのはザリガニだけだった。正確にはもう少しいろんな生き物を見かけたんだけど、捕まえられたのはザリガニ3匹。食欲はない。でもほら、某北欧スウェーデンではパーティーのご馳走だし。オシャレと言えばお洒落かも。……かな?

 某サバイバル番組では生のままいってたが、淡水の甲殻類……寄生虫……オソロシイ……




 火を使いたい……火……火……火……火……火……




 その時だった。


 手のあたりに熱を感じて、私は思わず目の前のザリガニに掌を向けた。すると、線香花火のような火花がチラリと弾けてザリガニが突然炎に包まれた。川原の砂利の上で急なファイアーボール。



「うえぇっ?!」



 驚きのあまり変な声が出て、わけもわからず燃えるザリガニを見つめる。


 しばらくすると焼けたエビのいい匂いがしてきたんだけど、炎は燃え続けて消し方もわからず、水を掛けても燃え続けたそれは最終的に見事な消し炭になった。うう……貴重なキチョタンがぁ……


 気を取り直して薪を集め、今度は薪に火をつける。木が燃える匂い。お風呂入りたい。私の実家は結構な山の中で、小さい頃は大人が薪を割って風呂釜でお風呂を沸かしていた。だから紙や木が燃える匂いを嗅ぐと、パブロフの犬的な感じで大人になってからも自然にお風呂のことを考えてしまう。まあでも、今は無理だよね。


 残りのエビ……じゃなくてザリガニを串焼きにして、遠火で炙る。子供の頃は冬休みに『どんど焼き』とかで餅を焼いていた。インドア派なのであんまりキャンプの思い出もないし、焚き火で焼くっていったら餅かサツマイモだったなぁ……


 焚き火の炎はずっと見てられる。いろいろと試行錯誤しているうちに、あたりはすっかり夜になっているけど、遭難1日目としてはまあまあだろ。というか、いろいろあり過ぎてあえてスルーしていたが、火……出せたんだよな……


 ファイアーボールって自然に思ってしまったけど、魔法なの? 超能力? ここは現実世界じゃないということ??


 さては異世界なのか???


 いやいやいや……え?


 いやいやいや……まさかそんな。


 だって異世界って、あんた。


 いや待て、やっぱり死んだのか? 私……


 そんなことを考えていると、ザリガニから美味しそうな汁が流れ出てきて、どうやら食べごろになったようだった。いい匂いはしている。じっくり冷まして恐る恐る齧り付いてみると、少し泥臭いけどなかなかの風味。まあ沢の水が綺麗だったからね。ファイアーボールを川にぶち当て、その辺の大きな葉っぱでお湯をすくい取って飲んでみた。気づかないうちに夜の気温で体が冷えていたのか、食道のあたりから熱がじんわり広がって、お湯、うま。


 ええと……生きてるんじゃない? 私……


 つまり、もう少し頑張ってみてもいいはずだ。……と思う。


 少なくとも誰か人に会うまではしつこくあがいてみよう。まずは下山を目標に。


 そこまで考えると急に眠くなってきた。ここ熊いないよな? いやいてもいいか、ファイアーボールで何とかしよ。な……なるよね? そんな雑な安心感で就寝。もう疲れたし限界。とりあえず寝てる間に火が消えないように薪を多めに足しておく。


 そういや某ぼっちキャンプ番組も好きだった。もっとちゃんとした料理がしたいな。ホットサンドとか……そしたらチーズとかハムも欲しくなるかな? マシュマロとか焼いたらスモアってできるのかな? お洒落なダッチオーブンとか欲しい。いやいやもう寝よう。なんでひとりで飯テロをしてるんだ。お腹減っちゃうじゃん。はあ……毛布っぽいもの欲しいな……フワフワのボアっぽいやつが。うちで使ってたみたいな。まあ、一応焚き火の暖かさで半面はぬくぬくだし、寝相に気をつけよう。朝起きて片足がローストされていませんように……









「ふぁ……」


 無事に朝がやって来た。


 余計なものもやって来たのだが。



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