第10話 キレる父娘
「はぁ……帰ってきてしまった……あの図々しい男が待つ家に……」
だが他に行き場所もないし、売るべきマッチは大量に残っている。嫌でもこの家に帰るしか無い。
「仕方ない……」
ため息をつくと、勢いよく扉を開けた。
「ただいま!」
すると部屋の奥から声が聞こえてきた。
「帰ってきたか!?」
バタバタと足音を響かせて、ヤサグレた中年男……アンナの父親が姿を現し、私を見て固まった。
「え……? どちら様?」
何と、この父親、私が誰だか分からないようだ。
「私よ、アンナよ!」
ハンスが買ってくれたコートのフードを父親の目の前で外した。
「お、お、お前……アンナかっ!? どうしたんだ! その格好は!? お前、まだ16歳だろうが!!」
父親は私を指さして喚いている。うっ! 酒臭い!
鼻を摘むと、言いかえした。
「親切な人が私に服を買ってくれたのよ。あ、そうそう。ついでにこの靴とカバンもね」
片足を上げて真新しいブーツを見せ、ショルダーバッグを父親の目の前に突きつけた。
「はぁ……? 買ってくれた……? おい、それじゃ家を出るときに身につけていたものはどうしたんだ?」
「何言ってるのよ。全て処分したに決まっているでしょう? あんなボロ着てマッチが売れるはず無いじゃない」
「な、な、何だって……? 処分だと……? おい! ふざけるな! 毛布はどうした!? 靴は!? 俺の上着は!!」
「あるわけ無いでしょう! 処分したんだから!」
「な、何だと……ハックション!!」
その瞬間、隙間風が家の中に入り込んで薄着の父がくしゃみをした。けれど、私は平気だ。何しろ防寒対策は万全なのだから。
だが……。
「ちょっとぉ! こっち向いてくしゃみしないでよ! 汚いでしょう!?」
「う、うるさい! 誰のせいでくしゃみが出たと思ってるんだ! お前が俺の持ち物を全部着ていったからだろう!?」
「何よ! 人にマッチ売らせといて、自分はお酒を飲んでいたくせに!」
その言葉に、詰まる父。
「う! だ、だが……それは、寒さ対策のために飲んでいただけだ!」
ありえない……! この男……開き直ってきた。
「だいたいなぁ、 こんな遅い時間まで何してやがったんだ? まさかマッチも売らずに、男と遊んでいたのか!?」
「違うわよ! マッチを売ってきたのよ。ほら!」
私はショルダーバッグをひっくり返すと、ジャラジャラと音を立ててコインがテーブルの上に落ちてくる。
「な、な、なんだ……この大金は……」
父が目を丸くする。
「7万エンあるわ。今夜の稼ぎよ」
ガラが悪い父親の前で、ガラの悪い態度で答える。
「マジかよ……すげぇな……」
コインをすくい上げるガラの悪い父。
「それで、毛布でも服でも靴でも買えばいいでしょう?」
「あ、ああ。勿論、そうさせてもらう」
「だけど、その前に!!」
ビシッと私は父を指さした。
「な、何だよ?」
「まずは薪を買ってよね! 寒くて寒くて死にそうよ!」
「分かってるって。明日の朝一で薪を買ってくるよ」
「ならいいわ。それじゃ、マッチを貰っていくわね」
空になったバッグの中に、どんどんマッチを詰め込んでいく。
「お、おい? どうするつもりだ?」
「マッチを売りに行くから、用意してるのよ」
ついでに、今夜は町のどこかで宿に泊まるつもりだ。何しろ、売上の半分は自分の懐にしまってあるのだから。
「な、何だと? また今からマッチを売りに行くつもりか?」
「そうだけど?」
「駄目だ! 行かせられるはず無いだろう!?」
父が突然肩を掴んできた。まさか心配しているのだろうか? 冗談じゃない、こんな寒い部屋で寝られるか!
「何よ! 離しなさいよ!」
「いいや、離すものか! こんな夜更けに娘を外に出せるはず無いだろう!」
あ……一応、心配しているのか。だが……。
「離せって……言ってるでしょうがー!!」
父の腕を掴むと、身体を捻る。
「うわあああああ!?」
情けない声を上げた父は空中で一回転し……
ドッスーン!!
見事な音を立てて、床に叩きつけられる。
「うぐぐぐぐぐ……」
床の上で悶える飲んだくれの父。
「とにかく、マッチは売ってくる。私に構わないで頂戴!」
それだけ言い捨てると、私は再び家を出た。
さて、どんな宿に泊まろうかな――
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