ある朝起きたら彼女が箱になっていた

烏川 ハル

第1話

   

 木曜日の朝、俺は嫌な夢で目が覚めた。

 ガバッと半身を起こして、自分の体を確認する。紺色のパジャマに包まれた成人男性の姿、つまり昨晩ベッドに入った時と同じ状態だった。

 ホッとした俺は、苦笑しながら独り言を口にする。

「そうだよな。カフカの『変身』じゃあるまいし、朝起きたら別の物になってるなんて、そんなことありえない。しょせんあれは夢だったのさ」


 その夢の中で俺は、長い顎髭の老人と対峙していた。ゴツゴツした木の杖や、裾を引きずるほどゆったりした白ローブなど、身につけているものも含めて神聖な雰囲気を漂わせており、一目で神様だと理解できた。

 その神様が、俺に対して宣告する。

「人間として生きていくのは、おぬしには勿体ない。おぬしのような者は、無機物で十分じゃろう。おぬしは今日から箱になるのじゃ!」

 こちらに向けられた杖から、雷みたいな光が放たれて……。俺が衝撃を受けたところで、夢は終わっていた。


「あんな夢を見たのは、浩子のせいかな……」

 夢の内容を思い返した後、俺の口から出てきたのは、同棲相手の名前だった。

 三年前から一緒に暮らしている浩子は、いちいち細かいことを気にする女性だ。例えば昨日も、俺がクッキーの紙箱を開けた時、顔をしかめていた。

「前から何度も言ってるけど、洋介って、そういう箱の扱いがぞんざいだよね。あんまり酷いと、そのうち天罰が落ちるんじゃない?」

 言われて改めて箱に注意を向けると、開け口の一部が破れている。俺が乱暴に開けたかららしい。

「いいじゃないか、この程度。どうせ外箱だろ? クッキー入ってる直接の容器なら、少し破損しただけで気持ち悪いのもわかるけどさ。これ、クッキー缶を包んでるだけの紙箱だぜ?」

「そういう問題じゃないでしょ! きれいな外箱なんだから、とっておくとか、ほかで使うとかもあるかもしれないし……。だいたい洋介って、外箱じゃなく内側の箱でも、力任せに開けて壊しちゃうこと、結構あるでしょ? 一事が万事だよ! ほら、この間だって……」

 うっかり言い訳したのが、かえって浩子の気に障ったのだろう。俺がとっくに忘れたような昔の話まで色々と持ち出して、それから三十分くらい愚痴が続くのだった。


「『箱で天罰が』っていうのが意識の底に残ってて、あんな夢になったんだぜ」

 軽く笑いながら、俺は視線を横に向ける。

 ベッドの左半分のスペースだ。そこに浩子が寝ているはずであり、彼女を起こして、冗談がてら今の夢について報告しようと思ったのだ。

 しかし、彼女の姿はなかった。俺より先に起きたのだろうか。

 そう思って室内を見回しても、やはり浩子は見えない。たとえトイレやキッチンにいる場合でも、気配や物音などは感じられるだろうに、それすら皆無だった。

「あれ? それじゃ外へ行ったのか?」

 朝食は食パンとハム、卵、生野菜などで済ませる習慣であり、それらの買い置きは足りている。わざわざ買いに行く必要はないはず。

 不思議に思いながら、彼女が寝ていたスペースに再び目をやる。

 よく見ると、掛け布団が一部だけ盛り上がっていた。ただし買い物かご一つ程度の盛り上がりなので、浩子が隠れているにしては小さ過ぎる。

「まさか……?」

 嫌な予感がして、ガバッと掛け布団をめくる。

 出てきたのは、厚紙で作られた白い箱だった。

   

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