#176「ゼノギアの哄笑」



 状況を箇条書きで整理しよう。

 今、俺たちの行く手には謎が立ちはだかっている。


 ・五十人を超える魔術師

 ・いずれも十歳から十二歳程度の子ども

 ・古代圏になぜ?

 ・何のための防衛?


「謎が謎を呼ぶってのは、まさにこのコトだな」


 そも、人跡未踏であるはずの壮麗大地テラ・メエリタに、複数の人間がいる時点で「どうやって?」と疑問は浮上してくる。

 俺たちのように精霊圏の精霊から、半ば強制的に招待されたなら話は分かる。

 しかし、リュディガー・シモン含めて、人間が壮麗大地テラ・メエリタに入り込んで、古代圏にまで到達するほど生き延びているというのは、本来ならあり得ない幸運に違いない。


(普通なら精霊圏、獣神圏、あるいは巨龍圏で命を落とすだろうし)


 物理的な移動距離を考えても、サバイバル的に不可能だという事実が突きつけられる。

 なにせ、壮麗大地テラ・メエリタ東方大陸フォルマルハウトの半分を占有する〈大領域〉だ。

 人間の素の能力だけでは、絶対に踏破はできない。

 それを踏まえ。


(今回の場合、もちろん考慮に加えるべきなのは……)


 リュディガー・シモンが大魔術師であるコト。

 憤怒の英雄、アムニブス・イラ・グラディウスと刃を交えて命を拾い、それどころか無事に逃げおおせるほどの〝準英雄級〟である仮定。

 魔術大国だったメラネルガリアを知る者としても、大魔術師であれば不可能をも可能にする。

 その可能性を否定はできない。


 ただし、俺たちはここで認識を改める必要があるだろう。


 リュディガー・シモンは単独犯なのか?

 魔術は大掛かりになればなるだけ、より強大な超常現象を発動する性質がある。

 では、世界の滅びを目論んでいるらしい灰色の男グレイマン

 大罪人が極東の地でどんな術式を構築するにしろ、自分一人の手足だけでなく他人の手足まで必要とするのは、順当な物の考え方ではないだろうか?


 何事も協力者がいた方が滑らかに進んでいく──ゆえに。


「とりあえず、あれは魔術師っぽい格好をしているんで、リュディガー・シモンの仲間だと推測しましょう」

「……大人が一人もいません。なぜ子どもだけなんでしょうか?」

「いや、背丈が小さいだけで、ハーフリングなどの可能性はありますぞ」

「……だとしても、矮躯だけを集めた小隊をなぜ?」


 魔術師ならば、必ずしも膂力に優れている必要はない。

 けれど、〝戦うコト〟を前提に徒党を組むのであれば、魔術師だって素の身体能力は高い方がいい。

 いざとなった際に頼りになるのは、なんだかんだで腕力なのだから。

 それを敢えて子どもだけ……矮躯の人員だけで陣形を整えさせたとなると、指揮官は相当に愚か者なのか。

 もしくは相当に切羽詰まっているのか。


(どっちでもない場合は、膂力なんか必要とするまでもないって自信があるパターンかな)


 五十人超の小隊は、遺跡のメインであるピラミッドへと通じる一本道を、封鎖するように密集している。

 丸太で作られたバリケードを重ねて、一定間隔で哨戒も行い、明らかに自分たち以外を通せんぼするのが目的だろう。

 まだ遠いため、こちらの存在に気がついた様子は無いが、近づけば確実に一悶着ありそうな気配。


「大罪人らしい人影は……ありませんね」

「私、てっきり灰色のローブでも身につけているかと想像してましたけど」

「ふむ。彼奴等きゃつら、フードを目深に被っているため顔が分かりませんが、全員が同じ装束ですな」


 金装飾に縁取られた濃紺のフードクローク。

 染めるにはかなりの手間を必要とする高級な色の装いだが、魔術師なら独特な装束を纏っていても不思議はない。

 ただ、フードの形が少し気になった。

 どの人影も、頭のカタチがニンゲンとは異なる特徴を秘めている気がする。

 ベアトリクス、ノエラ。

 二人のツノ有りを見知っているから、俺の中の有角センサーが「むむ!」と反応していた。


「…………」


 押し黙っているゼノギアは、先ほどから眉間にシワを寄せてジッと目を凝らしている。

 つい先ほど、リュディガー・シモンへの怨恨を告白した男だ。

 いよいよ大罪人の影を踏めるかもしれないとなって、無意識の内に気が急いているのかもしれない。

 都市遺跡の物陰から、やや前のめりに一団の様子を探っている。が、


「あそこにリュディガーがいないなら、俺たちの目的は間違いなくピラミッドの中ですね」

「でも、踏み込むにはあの防衛陣を越えなきゃダメそうです。それ以外の道は……」

「──スライム。菌毒の沼ですな」


 フェリシアとカプリの言う通り、ピラミッドへ繋がる道は一本しか使えない。

 都市の街路はところどころが沼化していて、巨大なスライムがブルリと震えている。


(……よくもまぁ、そこまで)


 無分別に成長したものだと実に感心。

 だが、足を滑らせ呑み込まれでもすれば、こちらはさぞかし悲惨極まる末路を辿る。


「凍らせて無害化するのは簡単だけど、それをすれば異常を悟られて、どっちにしろ見つかるな……」

「ならば、正面から押し通るしかありませんね」


 ゼノギアがすっくと立ち上がって、通りへ出ようとした。

 カプリが慌てて神父の肩を引っ張る。


「お待ちを! 無策で突っ込んでも、この一本道では向こうからの集中砲火!」

「最初の一矢で不意を打ちます。私の大弓なら、あの程度のバリケード三層まではぶち抜きましょう」

「いやいや。そうかもしれませぬが、どうしたのです神父殿? 事はまだそう焦るタイミングではありませぬ」


 吟遊詩人の言う通り、俺たちはまだ向こうに存在を気取られていない。

 上手く観察を続ければ、リュディガー・シモンに繋がる手がかりをさらに入手できる可能性もある。

 何より、彼らがいったい何を警戒して戦争向けの防衛陣など構築しているのか。

 俺たち以外にも、壮麗大地テラ・メエリタには人間がいる?

 その疑問にせめてヒントが得られるまで、ここは今しばし様子をうかがってもいいだろう。

 ゼノギアもそれは理解している。

 理解した上で、


「……ええ。けれど、とても嫌な予感がするのです」

「嫌な、予感?」

「胸の奥が落ち着かない。まさか、そんな、いいや、でも……先ほどからずっと私は、不安に首を絞められ窒息してしまいそうで」


 タハハ、と声だけで笑いつつ。

 汗で張り付く金髪を、直しもせずにゼノギアは張り詰めた表情カオになる。

 必死に誤魔化しているが、呼吸も荒い。

 いったい何がそこまで、神父を追い詰めているのか。

 考えるまでもなく、それは五十人超の子どもたちだった。


 そのとき。


「っ、静かにッ」


 カプリが強引にゼノギアを引き戻し、俺たちに合図した。

 数瞬遅れて、俺の耳にも理由が分かる。

 フェリシアが戸惑いつつも従いながら、小声で訊ねた。


「なんです?」


 答えは、となって与えられた。

 俺たちが隠れた街路の物陰とは、反対の方向から複数の馬影。

 いや、違う。

 地面を叩く蹄の軍靴。

 それは馬のものではなく、鹿エルクが鳴らす雄壮な音。


 夜照角鹿ニクス


 だが、ただの希少種ではない。

 月明かりを受けて煌々と照ると謳われる美しい枝角。

 深い夜には溶け込んでしまいそうな漆黒の体毛。

 そこまでなら純粋に夜照角鹿ニクスの特徴だが、彼らは鹿人だった。


 エルクマン。


 〈渾天儀世界〉では絶滅したと云われる神代の種族!

 ケンタウルスの鹿バージョンと言えば、イメージはしやすい。

 ただし、エルクマンはニンゲンの上半身に鹿の頭を持っている。

 下半身はまんま鹿のため、ニンゲンの割合は三から四割しかない。


 そんな集団が、突如として一本道へ躍り出た。


 ド、ド、ドッ!

 ド、ド、ドッ!

 ド、ド、ドッ!


「@@@@!」

「@@@@@@!」

「──@@!」


 彼らは弓矢と槍を構え、ピラミッドへと突き進む。

 蛮勇に等しい無謀な吶喊。

 体格は大きいが、それゆえに少数精鋭か。

 気づいた魔術師たちは、当然のごとく五頭(五人?)のエルクマンを迎撃する。


「──ぁ」


 フェリシアが咄嗟に口元を押さえた。

 なぜなら、街路にはそれだけの衝撃ショックが展開されたからだ。


 


 濃紺の火の玉。

 テニスボールほどの大きさの火球。

 それらが一斉に、陣の真上に整列されて。

 数秒後の未来を、わざわざ語るまでもない。


「@@@@@@@@@──!!」

「@@ッ、@@@@ッッ!!」

「──@@!」


 

 エルクマンは真正面から〝焼撃〟を受け、地へ倒れ伏す。

 ……あまりに圧倒的な戦争景色に、言葉が出ない。


(……ってか、これはもう戦争じゃないだろ)


 蹂躙。

 いや、それよりも簡素な無味無臭システマチック

 ピラミッドへの道を封じる子どもたちは、エルクマンを確殺する条件を揃えて待ち伏せをしている。

 爆ぜた風に生き物の焼ける匂い。

 街路の惨状を目の当たりにし、ゼノギアが急に笑った。


「──タハハ」


 タハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ────ッッッッッ!!!!!




────────────

tips:エルクマン


 神代に存在したとされる絶滅種族。

 ケンタウルスの近似種と目されるが、頭部は鹿エルクでありニンゲンの割合は少ない。

 しかしながら、言葉を話し弓矢と槍を携帯し、彼らは原始的ながらも文化的な生活を営んでいたコトが古文書には記されている。

 壮麗大地テラ・メエリタに正史黎明神代の国遺跡があるなら、彼らもまた神代から流れ着き、今日まで生き延びてきたのだろうか?

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