第52話 お父さんと旦那様《感謝編》


「……ケッコン? アナが、ケッコン……」


 ああ、お父さんが言葉を忘れた哀しき生命体みたいになってしまった。


 お母さん、どう考えてもカミングアウトのタイミングが絶望的でしたよ!?


「…………」


 何やら隣で旦那様も顔色を悪くしている。

 そうだよね、嫁の父親とこんな形で初対面とか気まずい事この上ないよね……。



「お、お父さん……」


 とりあえず、グダグダにはなってしまったが私的には五年ぶりの、夢にまで見た両親との感動の再会なのだ。


 私はお父さんの近くまで行くと、お父さんの手を持ち上げて、両手でキュッと握りしめた。



「お父さん、私はお父さんとお母さんが生きててくれて嬉しいよ? ……会いたかった」



 お父さんは私の顔を改めてジッと見ると、ボロボロと涙を溢し始めた。


「お、おとうさんも、うぅっ、アナに……グヒュッ、会えて嬉しいよ……ぐず……」



 よく見れば、確かにお父さんは記憶の中のお父さんとほとんど変わらない。

 憔悴してやつれてはいるけど、全然老けていないのだ。お父さんと自分の時間の流れの違いを改めて感じる。


「……見れば分かるよアナ。今、幸せなんだね。……良かった。本当に良かった。まさか五年も娘を放っていたなんて……アナが無事でいてくれて本当に良かった」


 お父さんは少し落ち着いたのか、鼻をグシュグシュさせながらも、泣き笑いの様な顔を見せてくれた。

 相変わらず、少し困った様にも見えるこの笑顔。私の大好きな笑顔だ。



「ありがとう、君がアナの旦那さんだね? 私達がいない間もアナを……ずっと守ってくれてありがとう」


 私と手を握り合ったまま、お父さんが旦那様に顔を向けてそう言った。


 うーん、ずっと、では無いかなぁ……


 今となっては私のかけがえのない大切な旦那様ではあるのですが……。


 私はチラッと旦那様を見る。


 案の定、結婚に至るまでの婚約期間と結婚直後の己の不義理を今だに激しく悔いている旦那様は、先程より更に顔色を悪くして、冷や汗をダラダラかいていた。



 まぁとりあえず、何にせよ積もる話はこの塔を脱出してからだ。



「お父さん、話したい事は沢山あるんだけどね。実は、私達今追われてるの。とりあえず一緒にこの塔を脱出しよう?」


 何でこんな事になったのか未だに状況の理解は全く追いつかないけれど、旦那様と無事合流出来た上にお父さんとお母さんにも再会出来たのだ。


 結果だけ見れば、救出作戦は超大成功だ。



「そうなのよ! 私達をしつこく追い回していたあの神殿の奴らがね! アナの事まで追いかけ回してるらしいの!」


 お母さんがフンスフンスと怒りながらそうお父さんに訴えると、お父さんも顔色を変える。


「そうか……。あの時に情けをかけたのは失敗だったんだね。お義父さんが言う様に、あの時もっと厳しく処しておけば良かった」

「そうよ! 今からでもやっちゃう!?」


 また手を上に上げようとするお母さんを慌てて止める。


「だから、知り合いがいるんだって! やめてよお母さん!」


 私がお母さんにまたお説教をしていると、少し離れた所からフォスとカイヤの声が聞こえてきた。



『『クリスティーナも連れて来たよー!』』



 声のする方を見れば、私の時よりもかなりマイルドなスピードで、風に守られながらクリスティーナがここまで飛ばされて来た。


 あ、いいな! あれ位のスピードなら普通に楽しそう!


 とは言え、精霊たちの姿が見えないクリスティーナからすればやはり結構な恐怖感だった様で、顔がヒクヒクと引き攣っている。


 不様に叫んだり暴れたりしていないのは、さすが元公爵令嬢の矜持といった所だろうか?



「ティナ、ごめんねー。大丈夫だった?」

「……もう、無茶苦茶過ぎて突っ込む気力も無いわ……。とりあえず大丈夫よ」


 クリスティーナは、ふぅー、と大きく溜め息を付き、旦那様と私を見た後少しホッとした顔をして、その後お母さんとお父さんを見てギョッとした顔をしていた。


 まぁ、お父さんはともかく、お母さんは何か神様みたいな格好してるし、何故か微妙に光ってるもんね……。


 そして、冷や汗をダラダラかいていた旦那様は、今度はクリスティーナを見てギョッとしている。


 そうだよね、こっちもこっちでビックリだよね。



 誰に何をどう説明をすれば良いのやら、塔の頂上付近はかなり混沌とした空間になってしまった。



 ……うん、とりあえず放置!


 まず脱出!!




「お母さん、みんな揃ったし今度こそ脱出しよう! これなら一緒に行けるよね!?」

「ええ、どこに向かうの?」


 笑顔でそう答えるお母さんに胸を撫で下ろす。


「アウストブルクとの国境を超えたいの! 私達は許可をもらってるし、追っ手はアウストブルクには入れないはずだから」


 お母さんは、それを聞くとパアァッと顔を輝かせた。



「まぁ! 丁度良いわ。アウストブルク側へなら、この塔を使えば一瞬で行けるわよ?」

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