第38話 魔の森へ
翌日の早朝。
準備を整えた私は王女殿下と共に魔導飛空挺に乗り込んでいた。アウストブルクに来る時に乗ってきた大型の豪華な飛空挺とは違い、実用性とスピードに特化した物だ。
あえて詳しくは聞かなかったが……、多分軍用だと思う。
私は手持ちの衣装の中から出来るだけ動きやすいドレスを選んだけれど、王女殿下はパンツスタイルの上に魔導士用のローブを
……この人、絶対いざとなったら戦う気だ!!
「私も勝負服持ってくれば良かったなー」
『勝負服の意味が違うよ、アナ……』
王女殿下の姿を見ながらポツリと漏らすと、カイヤにすかさず突っ込まれる。
『大丈夫だよー! いざとなったら僕たちがアナを守ってあげる!』
『危ないことしちゃ、ダメだよ?』
エヘンとばかりに胸を張るフォスにさりげなく釘を刺すクンツ。精霊達にあまり戦わせたくはないのだが、頼りになるのは確かだ。
「そうよ、連れて行かなかったら勝手に行くだろうから同行を許したけど、危ない事をしそうだったらすぐ引き返すから気を付けてね?」
「肝に銘じます……」
「まぁ、アナの背負い投げはもう一度見てみたい気もするけれど」
クスクス笑う王女殿下は、思い出した様にポケットから何かを取り出した。
「そうだわ、精霊達にこのスカーフを貸してあげてって、リアに頼まれてたの。加護付きだから、いざという時役に立つって」
そう言って渡されたのは、すみれ色のふわふわした生地で出来た可愛らしいスカーフだった。
フォスとクンツとカイヤの首にそれぞれ結んであげると、三人とも気に入った様で嬉しそうにクルクルと飛び回る。
「ありがとうございます、王女殿下。……そういえば、リアちゃんの姿が見えませんが?」
「リアにはね、特別任務を頼んであるの」
……特別任務? それも気になるけれど、王女殿下って精霊使いなんだよね? リアちゃんと別行動してて、いざという時身を守れるのだろうか。
「あの、契約精霊が近くにいないのに危険な場所に
「騎士団も魔導士団もいるから大丈夫よ。それにね、実は私……魔導士としての腕も中々の物なのよ?」
スッと杖を取り出してウィンクする王女殿下。
無敵かこの人。
やはり絶対敵に回してはいけないお方だ。
お義兄様、ガンバレ!
魔導飛空挺が着陸し、私達は『魔の森』の前に降り立った。
こんな森に、たった一人で旦那様が……?
夜はちゃんと眠れたのだろうか?
食べ物は何か持っていたのだろうか?
心配で泣きたくなってくる。
いてもたってもいられなくなった私は、少し離れた所で騎士団長と魔導士団長と話をしているカーミラ王女殿下に声をかけた。
「王女殿下、決して中には入りませんので、森の入り口の様子を見ていてもいいですか?」
「……ええ、分かったわ。騎士と魔導士も付けるから、彼らから絶対離れないでね」
王女殿下から許可を貰った私は、数人の騎士と魔導士と共に森の入り口へ移動する。
少し離れた所では、騎士団と魔導士団の人達が作戦について話し合ったり隊編成の最終確認をしていた。
祈る様に森を見つめていた私に、一人の魔導士が近付いて声を掛けて来る。
「伯爵様がご心配なのですね? 大丈夫ですよ。きっと精霊王のご加護があります」
……精霊王の、ご加護か……
きっとこの魔導士も精霊教の信者なのだろう。アウストブルクは信仰の自由が認められている国だし、精霊教の信者が一番多いと聞いた事がある。
だから、別におかしな事ではないはずなんだけど……。
なんだろう。首筋がチリチリするというか、何か嫌な予感がする。
少し感じ悪いかもしれないが、念のためにその魔導士から距離を取ろうと動いたら、突然腕を掴まれた。
「森の中に入っては危険ですよ、アナスタシア様」
「森に入るつもりはありませんので離して下さい。それから、名を呼ぶ許しも与えていません。文化の違いかもしれませんが、私はフェアランブルの貴族で既婚者です。呼ぶなら『ハミルトン伯爵夫人』とお呼び下さい」
出来るだけ毅然と言い放ち、手を離す様に促したが魔導士は私の手を離すどころかますます手に力を込めて来る。
—— これは、駄目なやつだ。
「離して!!」
私が大声をあげて手を振り払うのと、魔導士が何か呪文を唱えるのはほぼ同時だった。
途端に私の足元から
『アナ!!』
私のドレスのリボンに隠れていたクンツが飛び出し、直ぐに
「何事ですか!?」
慌てて駆け寄って来ようとした騎士を見て嫌な笑いを浮かべた魔導士は、
「!! フォス! カイヤ!!」
凄い勢いで飛んでいった二人が、それぞれの場所で魔法を抑える。
一瞬ほっとしたがそれも束の間で、今度は私めがけて別の方向から火の玉が飛んで来た。
—— 他にも仲間がいるんだ!!
私に向かって来た火の玉はすぐにクンツがかき消してくれたけれど、状況はかなり悪い。
アウストブルクの騎士団も魔導士団も精鋭揃いだ。誰が敵で、誰が味方かも分からない状態では防戦一方。戦いに慣れていない精霊トリオが戸惑っているのも見て分かる。
クンツが飛んで来た火の玉と魔導士に気を取られている隙に、必死に打開策を考えていた私はいつの間にか背後にいた騎士にいきなり右手を捻り上げられた。
「いっ!」
痛みに小さな悲鳴を上げると、クンツと一緒にドレスのリボンに隠れていたイルノが飛び出して来る。
『アナ、いじめないで!』
イルノがピカッと光ると、騎士は顔を歪ませて私の手を離した。
『アナ、森、なかまいる。にげよう!』
イルノに言われ、咄嗟に私は森に向かって走る。
『アナ! すぐに探しに行くからね!』
『あまり奥へはいっちゃ駄目だよ!』
『隠れてて!!』
精霊トリオの声に頷くと、私とイルノは逃げる様に森へ駆け込んだ——。
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