04-43 傲慢のバアルのほろ酔い戦況解説
*
『19体も死んだんですよ、バアル様! 何もしなくていいんですか! このままでは侵入者たちはヴァージニアの部屋まで辿りついてしまいます』
それ見たことかとヴォイスゴーストは進言したが、バアルが動揺することはなかった。ソファーに深く腰掛けて、相も変わらずちびちびと手にしたグラスを煽っている。病的なまでに白い肌にわずかに赤みがかかってきているのは、酒の毒が全身に回っている証拠だ。城内に敵が侵入――という87年ぶりの非常事態、すでに20体ちかくもの僕が侵入者に殺されていると言うのに、バアルは何の手も打たない。打てないのではなく、打たないのである。
「君は『19体も』、と言ったが」
バアルはうっとりとした恍惚の表情を浮かべながら、言った。すっかり酔っ払ってしまっている。夢の世界に片足突っ込んでいる頭で、まともなことが考えられるのだろうか。
「第1階層では、人間どもの手によって1日あたりおよそ2,000体の魔物が殺されているんだ」
『それに比べたら19体なんて大した犠牲じゃないッてことですか。それがあなたの見解なんですか!』
バアルはグラスの淵に口をつけ、ちびりとワインを舐めた。
「まあ、そうだね」
『そんな』
当然のように言う。ヴォイスゴーストは呆れて閉口してしまった。彼らの主であるダンジョンマスターがこんな調子では、殺された魔物たちが浮かばれないではないか。彼らはバアルのために戦い、命を落としたのだから。 死んでいった彼らに対してバアルは大した犠牲ではないと言い放った。
『それはあんまりですよ』
ヴォイスゴーストは悲しんだ。配下に対する情と言うものがないバアルには正直失望した。
「君は、僕のことを人でなしだと言ったね」
『ええ』
「部下にそんな風に思われているなんてね。さすがの僕も傷ついたよ」
『バアル様も傷つくことがあるのですね』
「いや、ない」
ないのかよ。どっちだよ。
バアルは相変わらずの無表情で、グラスの酒を飲みほした。そして、言った。
「だが、僕を批判するのはこの後の展開を見てからでも遅くはない。そうだろう?」
『といいますと、何か策があるので?』
「いや、ない」
ないのかよ。
『いい加減にしてください。このまま侵入者がヴァージニアの部屋に到達してしまいます。ヴァージニアが討たれるようなことになれば、
バアルは「すごい早口だね」と言うと、
「言っただろう。現場の事は現場に任せてあると。96階層には96階層のやりかたというものがある。いちいち僕が口を出すまでもなく、彼らは自分で何とかするよ」
『それは、つまりバアル様が96階層の魔物を信頼している、ということですか』
「いや、してない」
してないのかよ。
「だが、何とかするだろうという予感はある。あくまで予感だがね。モニターを見たまえ」
「96階層の魔物たちとて、やられっぱなしでは済まさないということだ。これだけの行軍スピードなら、新入りの土砂による攻撃も間に合わないだろうね。となれば乱戦だ。果たして新入りたちに34体の魔物と真正面から戦って勝つ実力があるかな……?」
戦力比34対2。こんなの、囲んで終わりだ。戦闘にすらならないだろう。
「さらに……この戦力に『リコリス』まで加わる」
34体の後方には、ガレキの城でも五指に入る戦闘能力を有する魔物――96階層をとり仕切るボスモンスター『リコリス』の姿があった。うっすらと微笑みを浮かべて、列の後ろを駆けていた。やけに楽しそうなのは表向きだけで、内心では19体の部下を殺された怒りで煮えたぎっているにちがいない。
34体の魔物の大軍に、『リコリス』。これに囲まれたら、さしもの侵入者たちも投降以外の道を選ぶ気にはならないだろう。
『すごい』
ヴォイスゴーストは感嘆した。96階層にいる魔物たちの底力をみた気がしたからだ。
『バアル様はこうなることがわかっていたのですか』
「いや、わかってなかった」
わかっていなかったのか。
「しかし、何もしなくてもなんとかなる、ということはわかってるんだ」
そう言うとバアルは「承認」と唱え、空になったグラスに新たな酒を注いだ。
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