第124話 楽しくないバスケ

 本当は本気でバスケをしたくてしょうがないのかと思っていた。

 でも、そうじゃなかった。

 この人はバスケに全てを注いでいたわけじゃない。

 バスケが青春なのではなく、バスケで青春したいだけの人だったのだ。

 僕がモンスターテイルズを好きでも、ガチのネット対戦にいかないのと同じ。

 好きなコンテンツをただ周囲と共有したかったのが筑間正治という人間だったのだ。


「先輩の言っていたことは全部本当にそのままの意味で言っていたんですよね」

「そういうことだ」


 みんなで楽しくバスケをしたい。そのようなことを影のある表情で言えば、誰だって深読みしてしまうだろう。

 特に越後さんなんかはいじめられて引き籠っていた時代に救われたこともあって、相当に美化されているはずだ。


「俺の本心を見抜いたのはシロが初めてだよ」


 筑間先輩は力なく笑う。

 僕だっていろんな情報があったからわかったことだ。


 クロの未来、モモの未来。

 その両方の情報と実際に接してみての印象のすり合わせ。それが合って初めて僕は彼を理解することができたのだ。

 モモのいた未来の僕はクロの経験が刻み込まれた肉体を利用して、バスケ部で筑間先輩と共に上を目指したのだろう。


 でも、それはあまりいい手ではなかったように思える。


 可愛がっている後輩がやる気を持ってバスケ部に入ってきたから本気を出さざるを得なかった。

 部活を通して実力の高い人間と楽しめるゲームができるのならまあいいか。


 そんな風に妥協をさせていた可能性の方が高い。


 そして、競馬で資金を集めるという行為は未来知識がある僕はともかく、筑間先輩にいい影響があるとは思えない。

 事実、ユニットを組んで動画投稿を行っていた未来の僕達は、数々のやらかしが原因で筑間先輩がユニットから脱退することになっているらしいし。

 モモは自分のためといって筑間先輩との接触を防ごうとしていたわけだが、皮肉なことにその選択が筑間先輩の破滅の未来を救っていたのである。


「それで? わざわざ人の踏み込んでほしくない部分にまで踏み込んできて、俺に何をさせたいんだ?」


 筑間先輩は鋭い眼光を僕に向けてきた。その目を真っ直ぐに捉えて告げる。


「越後さんとちゃんと向き合ってください」

「向き合うだぁ?」


 別に越後さんが筑間先輩を好きだから付き合ってあげてくださいだなんてことを言うつもりはない。

 それは当人同士の気持ちの問題だ。


「先輩は越後さんのことをどう思ってるんですか?」

「かわいい後輩、それ以上でもそれ以下でもねぇよ」

「つまり、かわいい後輩をがっかりさせたくないからあくまでもバスケで燻ってる先輩を演じていたってことですか?」

「まあ、そうなるな」


 その結果がモモから聞いた未来での拗れ具合というのなら本当にどうしようもない。

 いや、紅百合と疎遠になる僕も人のこと言えないのだけれども。


「越後さんは筑間先輩にバスケの楽しさを教えてもらったからこそ、今もああして真っすぐに努力ができるんです」


 それこそ未来じゃ日本代表選手になるくらいには、だ。


「だから、いい加減意味深な雰囲気出して格好つけて彼女に心労をかけるのはやめてほしいんです」


 越後さんは筑間先輩が本気のバスケができない環境にあることを嘆いていた。

 その誤解は本来必要のないものだ。だって、筑間先輩は本気でバスケがしたいんじゃない。楽しくバスケをしたいだけなのだから。


「文句があるなら力づくで来いよ」


 再びバスケットボールを手に取ると、筑間先輩はニヤリと笑って見せる。


「楽しくないバスケになりますよ?」

「何、シロが本気で来るなら楽しいバスケになるさ」


 さあ、ここが踏ん張りどころだ。

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