第92話 見出した自分の価値

 僕達の反応に苦笑すると、生徒会長は話を続ける。


「お母さんもプライドが高い人でね。高学歴なお父さんから見下されているって思ってたの。そんなことないのに劣等感拗らせて被害者面して離婚したのよ」

「うわぁ……」


 実際どうだったかはわからないが、それが本当なら酷い話である。


「親権を奪い取ったお母さんは二人とも立派に育ててお父さんを見返してやるって息巻いてたわ。家事はほとんど私がやってるのに、笑っちゃうわよね」


 母親は親権の争いにおいては圧倒的に有利だ。

 わかりやすい虐待もなかったのならば、越後さんのお父さんが親権を取るのは難しかったのだろう。


「お母さんにとってお父さんは高学歴の男を手に入れた証、私達は片親でも立派に育てた自慢の娘っていうトロフィーでしかないの」


 何というか、改めて自分がいかに恵まれていたのかということが理解できた。

 確かに両親と過ごす時間が少ないというのは寂しいことだが、越後さんの母親みたいなのとは一ミリだって一緒に過ごしたいとは思わない。


「凜桜ちゃんがいじめられたとき、お母さんは今までにないほどに怒っていたわ。離婚したせいで苗字が変わったからいじめられた。つまり、自分のせいで娘がいじめられたって事実が受け入れられなかったのよ」

「でも、悪いのはいじめた方じゃ……」

「お母さん曰く、その程度のことで弱音を吐くような弱い子に育てた覚えはないってね。育ててもいない癖によく言うわ」


 吐き捨てるようにそう言うと、生徒会長は僕の方へと向き直って笑顔を浮かべた。


「だからね、白君。私のことを〝エッチゴム付き先輩〟って呼んでくれたとき、本当に嬉しかったの。昔から凜桜ちゃんばっかり名前でいじられてたから……」

「生徒会長……」


 もしかして未来じゃセクシー女優になってエッチゴム付き様と呼ばれているのは、本人が積極的にその呼称を広げていった部分もあるんじゃないだろうか。


「生徒会長。自分のことが嫌いなんじゃないですか?」


 躊躇いがちに英さんが告げる。


「さっき尾行しているときに見ていたものは全部リラのためのものでした。妹を大切にしているあなたを見ていれば違和感はなかったかもしれません」


 そこで言葉を区切ると、英さんは生徒会長の瞳をじっと見つめてから告げた。


「でも、あれって本当はやりたいことがない自分に嫌気が差していたんじゃないですか?」


 それは実体験から来る推察だった。

 英さんの言葉に生徒会長は大きく目を見開いて硬直する。


「うふふっ、似てるところがあると思ってたけど、英さんって鋭いのね」


 それからどこか狂気気な笑みを浮かべると、ゆっくりと首肯した。


「そうね。こんな親の言いなりになって上辺だけを取り繕っただけの自分を好きになんてなれないわ」


 僕も英さんもその笑顔を見て凍り付く。

 今まで生徒会長に抱いていた柔和なイメージはまるでない。ただただ恐怖を感じる笑みだった。


「でも、ね。私はようやく自分に価値を見いだせたの」

「価値、ですか」


 思わず聞き返した英さんに、生徒会長は口元を緩ませた。


「知ってる? 地獄って生きてても落とせるのよ」


 微笑みを浮かべた生徒会長の瞳は恐ろしいほどに冷たかった。

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