第87話 甘くておいしい
吉祥院さんは門限があるとのことだったため、先に帰宅した。
それに対して僕は喫茶店に残ってミルクティーのおかわりとパフェの追加注文をしていた。
持ってきたのは当然英さんである。さっきと違って後ろにはモモの姿もある。どうやら近くで待機していたようだ。
英さんに嘘を暴かれてからというもの、モモは恐ろしいほどに静かになった。
僕と英さんの心の平穏は守られたわけだが、どうにもすっきりしない。
近い内、例のクロが遺したノートを見て今後の方針を決めなければ。
「ご注文のミルクティーとミラクル練乳パフェになります」
伝票と頼んだものをテーブルの上に置くと、英さんはそのまま椅子に腰かけた。
「あれ、バイト中じゃないの?」
「店長が今は空いてるからゆっくりしていいってさ。翔子ちゃんめ……」
どうやらさっきの子に告げ口されたらしい。仲が良さそうで何よりだ。
「いい雰囲気のバイト先だね」
「ええ、そうね。店長は緩いし、翔子ちゃんも揶揄ってはくるけど必要以上に踏み込んでこないし、やりやすいわ」
『ちなみにその子、未来じゃVtuberやってるわよ。それも登録者数100万人超え」
モモが補足するように告げるが、登録者数なんて言われたところで現代の価値感じゃピンとこない。というか、Vtuberって何だろう。Utuberの派生形かな?
「それにしても白君が吉祥院さんに相談ねぇ……」
英さんはジト目で僕を睨んでくる。先ほどの吉祥院さんの言葉への反応からするに、変に関係を勘ぐっているわけではなさそうだが、気になるものは気になるようだ。
「吉祥院さんは一番関係性が薄いからね。いろいろ話しやすかったんだよ」
「ま、それはわかるけどね」
そういえば、以前から気になっていたことがあった。
吉祥院さんは見た目こそギャルギャルしいが、中身は良家のお嬢様だ。
先ほどの話からも積極的に人間関係を構築したがるタイプでもなさそうなのに、どうやって仲良くなったのだろうか。
「英さんは吉祥院さんとどうやって仲良くなったの?」
「元々リラと仲が良かったのよ。あの子、受け身で人と積極的にかかわるタイプじゃなかったんだけど、初対面からリラに話しかけて気に入られててね。あたしはそれにカースト上位のグループになりそうだから上乗りさせてもらったのよ」
なるほど、そういえば越後さんと吉祥院さんは席が隣同士だった。越後さんの外見の圧はともかく話しかけるきっかけにはちょうど良かったのだろう。
「隙あり」
「あっ、僕のパフェ!」
越後さんと吉祥院さんの関係に頷いている隙に、英さんが僕のパフェに口を付けていた。
「甘っ……紅茶ももらうね」
「ジャイアニズムの権化……」
ここまで自由に人の飲食物に手を付ける人もそうそういないだろう。
「どっちも甘いわね。白君、こんなのばっかり食べてたら糖尿病になるわよ?」
「人のもの食べておいて最初に言うことがそれかよ。というか、君のバイト先の商品だろうに」
だ、大丈夫だよね? 未来じゃ糖尿病になってたりはしないよね?
『大丈夫。タバコ吸い始めてからは甘い物より辛い物の方が好きになるみたいだから』
それタバコで味覚壊れてきただけでは?
というか、未来じゃ喫煙者なんだ……クロもそうだったとはいえ、何となくショックである。現状、タバコを吸う気はまったく起きないんだけどなぁ。
小さい頃はタバコなんて吸わないって言ってる人ほど、大人になったらタバコを吸っているのは何故なのか。
「ごめんごめん、お詫びに……はい、どーぞ」
ニヤリと笑うと、英さんはパフェ一掬いしてスプーンをこちらに向けてくる。
「あのさ、ここ外だよ?」
「だから?」
メッキの剥がれた完璧美少女は実に楽し気である。僕を揶揄おうとしているとき、英さんは一時的に羞恥心がどこかに行ってしまうというポンコツを発揮する。
よくよく考えれば、お弁当をあーんされたときもやっている方が恥ずかしいのでは? と思ったくらいだ。
「……甘くて、おいしいです、はい」
「へぇ、甘くておいしいんだー、ふーん」
「何だよ、自分だってさっき食べただろ」
今更間接キス程度で動揺などしない。こちとらハメ撮りも生尻も見たあとだ。
修羅場をくぐった僕が、負けるわけがないのだ。
「顔赤いけど、パフェの容器で冷やしたら?」
「うっさい」
「ふふっ」
無理でした。やっぱり、英さんには敵わない。
そして、改めて思う――僕は英さんが好きなのだ、と。
『うぐっ……どうして、あたしは……くそぉ……』
ちなみに、モモは英さんの後ろで血涙を流していた。
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