第64話 この体はよく馴染むわ

 慣れない憑依の後遺症と最悪な情報の洪水によって、気絶してしまった英さんの本体をベッドに寝かせる。


「どうするんだよ、これ」

『あたしが憑依して連れて帰ろうか?』

「魂が置いてけぼりになるでしょ」


 モモが英さんの中に入ると、英さんが幽体離脱する。

 その場合、弾き出された魂の方はその場に留まることになってしまうのだ。

 クロは僕が寝ている間、勝手に運動したりオシャレしたりとやりたい放題だった。その間、僕の魂はずっとベットの上で寝ていたらしい。


 つまり、このままモモが帰ったら英さんと疑似的に同衾することになってしまうのだ。そんなのは心臓が持たない。


『こっちのあたしは気絶してるのよ。四の五の言ってられないでしょ』

「誰のせいだと思ってるんだ」


 クロといい、モモといい、未来から来た人間はどうしてこうも人を振り回すのか。


「恵莉花さんに電話して迎えに来てもらえばいいじゃん」


 一応、母親である恵莉花さんは英さんが僕の家に遊びに来ていることは知っている。

 遊んでいる途中に英さんが寝てしまったと言えば問題はないだろう。


『お母さんって免許持ってなかったと思うけど』

「雄一さんは?」

『お父さんはまだ仕事してる時間じゃん』


 さらっとモモは雄一さんをお父さんと呼んだ。本人的には無意識なのだろうが、呼び方一つでも家族関係が良好になっていることが伺える。

 だったら、尚更モモが亡くなる未来は防がなければいけない。


『そういうわけで、一晩こっちのあたしをよろしくね』

「……わかったよ」


 逃げ道を潰された僕は不承不承、英さんの魂を一晩預かることにした。


『それじゃあ、ちゃちゃっと片付けますかね』


 そう言うと、モモは英さん本体から飛び出していた魂を掴んでズルズルと引きずり出した。

 実にシュールな光景である。


『てい』


 そして、雑にベッドの方へと放り投げた。


「自分を大切にしなよ」

『自分を大切に出来てたら死んでないわよ』


 至極真っ当なご意見である。

 それから空っぽになった肉体に入り込むと、モモは軽く左腕を回した。


「うん、やっぱりこの体はよく馴染むわ」

「バトルモノの敵キャラみたいなのやめろ」


 傍から見てると、英さんが肉体を奪われたようにしか見えない。


「いやぁ、実際馴染むのよ? 三十歳にもなると、自分の体なのに言うこと聞かなくなってくるし……」

「ただの運動不足では?」

「酒カスも追加で」

「最悪のトッピングだよ」


 その結果が床に転がっている酒の空き缶を踏んで転倒死である。本当に笑えない。


 英さんのことだ。

 未来の自分の末路を聞いた以上、酒に手を出すとは考え辛いが大人になれば避けられない飲みの場は存在する。

 クロが飲みの席は繋がりを作りやすいと言っていたし、避けては通れない道だろう。


「そんなんだから高校時代の制服もパツパツになるんじゃない?」

「ふふっ、今に見てなさい。どんな人間も年齢には勝てないのよ」


 それは本当に笑えないのだが。


「とにかく、あたしは帰るわね」

「明日ちゃんと英さんに身体返してくれよ」

「わかってるって」


 モモは苦笑しならが頷くと、ニヤリと笑って僕の方へと近づいてくる。


「じゃあね白君……はむ」

「うひっ!?」


 耳を甘噛みされて変な声が出てしまった。未来でウジウジしていた反動なのか、あまりにも火力が高すぎる。


「また明日ねー!」


 腰を抜かす僕を見て笑いながらモモは軽い足取りで去っていった。


 ふと思ったが、魂を掴めるのならそのまま英さんを連れて帰ってもらえば良かったのでは?

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