第42話 ラッシャイシティ

 そして、迎えたデート当日。

 僕は待ち合わせ場所であるふくろうの像の前で英さんが来るのを待っていた。

 家ではダラダラするタイプの英さんだが、決して時間にルーズなわけではない。むしろ待ち合わせに時間の十五分前には来るだろう。

 当の僕はというと、時間の調整を誤り一時間前に来てしまっていた。

 いや、楽しみ過ぎて早く着いてしまったわけではない。

 シャワーを浴びたり、服を選んだり、ヘアサロンに行ったりと、待ち合わせ前に余裕をもって準備をしていたら、結果的に早く待ち合わせ場所についてしまったのだ。


「はよー」


 どうやって時間を潰そうか迷っていると、英さんがやってきた。


「あれ、約束の時間までまだ一時間もあるわよ?」


 英さんはスマホを確認すると、不思議そうに首を傾げた。英さんはどうやら、僕が遅れてやってくるものだと思っていたようだ。


「あれあれぇ? もしかしてだけど、あたしとのデートが楽しみ過ぎて早く着いちゃったのかしら?」


 ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべながら英さんは顔を覗き込んでくる。

 確かに、意識し過ぎていることは否定しないが揶揄われるのも癪だ。


「それって自分のこと?」

「んなっ!?」


 僕の返しに英さんは一瞬目を見開いたかと思うと、顔を赤くして金魚のように口をパクパクさせていた。一時間も早く集合したのはお互い様である。


「……別に、あたしは人を待たせるのが嫌だから早めに来ただけだし」


 まさか自分が言い出したことを返されるとは思っていなかったようで、英さんは顔を赤くしたまま悔しそうに唇を尖らせた。


『嘘だぞ。こいつ普通に人待たせるからな。待ち合わせ時間より早く来るときは、イベントとかよっぽど楽しみにしていることがあるときだけだ』


 ジトッとした視線をぶつけてくる英さんの横で、クロが淡々と暴露をしていた。


『メイクで誤魔化してるが、目の下にはクマもある。どうせ楽しみで寝れなかったんだろ。ったく、ただでさえ不眠症の癖によ……』


 なるほど、英さんは英さんなりに今日のデートを楽しんでくれているということなのか。

 本当によく気がつく奴だ。こいつが未来で女たらしだったというのも頷けるというものだ。


「ん?」


 ふと、そのとき。淡々と暴露を続けていたクロの表情が曇っているように見えた。


「どうしたの?」


 クロの姿は英さんから見えていない。これ以上不審がられる前に、話題を変えるべく口を開いた。


「何でもないよ。それより、その服似合ってるね」


 今日の英さんは、キャスケットと伊達眼鏡、オーバーサイズのピンクパーカーにデニムのホットパンツ、歩きやすそうなスニーカーといった服装で決めていた。パーカーがダボッとしているせいで、一見下を履いてないように見えてしまいドキッとしたのは内緒だ。


 普段は制服姿しか見たことがなかったため、私服を着る英さんを見るのは初めてのことだった。一応、クロの写真で未来の姿は見たことがあったが、そのときもこんな感じの恰好をしていた。やっぱり、クロの言う通り未来での好みはこのときから変わっていないのだろうか。たぶん、キャスケットと伊達眼鏡は顔を隠すためのものだろう。


「そ、ありがと。そっちも似合ってるわよ」


 素っ気なく礼を述べると、今度は僕の服を褒めてくれた。

 今日の僕は、白Tの上からオーバーサイズの黒シャツを羽織り、黒のカーゴパンツ、白いスニーカーという組み合わせ。髪はシンプルにアップバングショートにセットしてある。

 あまりファッションには気を使っていなかったが、昔からクロが好き勝手いじってくるせいで最低限の知識は身についていたのが幸いしたようだ。非常に癪だが。


「それで、今日はどこに行くの?」

「とりあえず〝ラッシャイシティ〟でも行こうかなって」


 ラッシャイシティ。池袋にある商業施設で、映画館やブティック、本屋にカフェ、レストランなど、多種多様な店舗が数多く入っている。

 英さんのリクエストはどこかへ遊びに行きたいというもののため、僕が思いつく場所はここくらいしかなかった。


「オッケー」


 英さんも特に不満はないらしく、あっさりと承諾してくれた。

 早速移動しようと足を踏み出すが、ふと英さんが僕をじっと見つめていることに気づく。なんだろうと立ち止まって待っていると、英さんは意地悪な笑みを浮かべた。


 何だ、何を企んでいるんだ。


「デートってのはこうするのよ」


 悪戯っぽく笑うと英さんは、警戒している僕の手を躊躇なく握ったのであった。

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