第27話 誰からも愛される良い子でいなければいけない

 完璧美少女であることだけが自分のアイデンティティだと思うようになったのはいつからだろうか。


 きっかけはお母さんの再婚だったと思う。

 小学生の頃にお父さんが亡くなってからお母さんは女手一つであたしを育ててくれた。

 わがままで学校でも喧嘩ばかりしていたあたしを育てるのは大変だったはずだ。

 お母さんはさんざん苦労したんだ。もう苦労はしてほしくない。

 新しいお父さんにも気に入られなきゃいけないし、学校で問題を起こすなんてもってのほかだ。


 あたしは誰からも愛される良い子でいなければいけない。


 自分の性格が悪いことなんて百も承知だ。こんな性根の腐った人間、心から好きになってくれる人間なんているわけがない。

 幸い見た目は整っている方だ。あとはそれに磨きをかけ、表面上は誰にでも優しく振る舞えば誰からも愛される完璧美少女になれる。


 でも、そんなものは所詮作り物だ。偽物の自分なんだ。そんなことあたしが一番わかっていた。

 どんなに周りから賞賛されようとそれは〝完璧美少女の皮を被った英紅百合〟の評価でしかない。

 あたしが本音を隠し、猫を被り続けるのは評価されたいからじゃない。

 評価を失うのが怖いからだ。

 完璧美少女でないあたしに価値はない。そう、価値などないはずなのだ。


『そういうの疲れない?』


 だから、隣の席の白君の言葉に冷静さを欠いて素の自分を曝け出してしまった。

 どこか鋭いところのある彼はあたしの猫被りを見破り、完璧美少女に対する態度とは思えないウンザリしたような態度を取ってきた。

 思えば、白君も不思議な人だ。

 入学初日からアッシュベージュに髪を染めてピアスまで付けてきた不良生徒。というのは間違いで、蓋を開けてみればただの高校デビューマン。

 物腰は柔らかいのに、見た目は厳つい。

 そんな彼を約束と称した脅しであたしのストレス発散に付き合わせることにした。

 やりたくもないお悩み相談や意識して良い子でいるのは想像以上にストレスが溜まる。家でもその状態が続くのだから息抜きが欲しかったのだ。


 どうせ白君にはあたしの本性はバレている。気を遣う必要もない。

 せいぜい使い倒してやろうと思っていた。

 白君もあたしの本性は好ましく思っていないみたいだったから、安心して素の自分を出せた。何せもう嫌われているのだ。これ以上好感度が落ちたところで痛くも痒くもない。

 白君はあたしに対して明け透けな態度を取ってくる。

 だけど、不思議と嫌悪感はなかった。むしろ、彼の対応には心地良さすら感じていた。

 趣味も合うし、打てば響くような小気味良い会話も、気まずくならない無言の時間も楽しい。あと、ベッドに寝転んだときにする匂いも好きだった。死んでも本人には言わないけど。


 気がつけば、白君の部屋はあたしの居場所になっていた。

 このままずっと気の置けない友達としてずっと一緒にいたい。

 でも、それはいけないことだと理解してしまった。

 誰からも好かれないあたしの本性を知った上で白君は〝苦手だけど嫌いじゃない〟と言ってくれた。脅迫紛いのやり方でストレスの捌け口として利用しているようなこんなクソ女をだ。

 白君は真っ直ぐで優しい人だ。これでも人を見る目はあるからよくわかる。


『僕はただ英さんが心配なんだよ!』


 こんなどうしようもないほどに性根の腐ったあたしを心から心配してくれた。

 嬉しかったけど、これ以上彼の優しさに付け込んで無理をさせるのは自分が許せなかった。

 だから、あの女王様気取りのえちゴリラとの決着は早々につけなければいけない。


 白君の心配を取り除き、その後はただの一クラスメイトとして接する。

 それで全て元通りだ。これ以上、白君に迷惑をかけるわけにはいかない。


「越後さん、六限目体育だよ。早く更衣室行こ?」


 さんざん煽ってやったんだ。きっとえちゴリラも今日中に何かアクションを起こすに違いない。


「ああ、うん……先行ってて」


 声を掛けると案の定、えちゴリラは歯切れの悪い返事をしてきた。こりゃ着替えてる間に何か仕込む気だ。

 上等。受けてたってやる。性格の悪辣さであたしに勝てると思わないことだ。

 遠くない決着のときに備えて気合を入れ直す。


 しかし、クラスメイト達が着替えて校庭に出ているというのに、えちゴリラはもちろん、白君すらチャイムが鳴っても出てこなかった。

 その瞬間、嫌な予感がした。


「おい、誰か白と越後を見なかったか?」

「あたし二人を探してきます!」


 先生の言葉にあたしは取り繕うことも忘れて教室へ駆け出した。

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