第2話 あたしのストレス発散に付き合うって言ったでしょ

 桜が舞い散る春から始まった高校生活。

 恋愛漫画でも青春を象徴する年代として描かれることも多いこの時期は、やたらと告白という場面に遭遇する。


「英、俺と付き合ってくれ!」

「ごめんなさい」


 告白してきた男子生徒は、ショックを受けたのかその場にへたり込んでしまった。

 そんな彼に対して、告白された女子生徒は申し訳なさそうに頭を下げると優しい言葉をかける。


「碇君はカッコイイし、運動もできるから尊敬はしてるんだけど……私は今誰とも付き合う気はないんだ」

「そうか……」

「せっかく勇気を出して告白してくれたのに、私なんかの都合で付き合えなくてごめんなさい!」


 放課後の校舎裏での告白。

 それはまさに青春を象徴するような光景だ。

 だが、たった今イケメン高身長の男子を振った学校一の美少女がそんなものに興味はないことを僕はよく知っている。

 しばらくすると、携帯が振動したので開けてみると予想通りの人物からメールが届いていた。


[英紅百合:今日家行くから]

[白純:今日はちょっと……]

[英紅百合:よ ろ し く ね]


「はぁ……」


 届いたメールを見て溜息が漏れてしまう。

 携帯を折りたたんでポケットにしまうと帰路につく。

 彼女が家に襲来する前に準備を整えなければいけない。

 それが軽率にも〝約束〟をした僕の務めなのだから。


「お邪魔しまーす」


 学年一の美少女が家にやってくる。

 夢のようなシチュエーションのはずなのに僕は素直に子の状況を喜べずにいた。

 英紅百合はなぶさくゆり

 彼女は、学校で誰もが憧れるような存在だ。

 男子からは高嶺の花のように扱われており、女子からも慕われているというまさに絵に描いたような優等生である。


 だがその実態は、クラスの皆が思っているほど清楚でもなければおしとやかでもない。

 ストレス発散と称して僕の家に上がり込み、ぐうたらして過ごす迷惑極まりない女というのが、僕の知る彼女だ。


「……ここ最近家に来る頻度高くない?」

「あたしのストレス発散に付き合うって言ったでしょ」


 学校にいるときとは打って変わって気怠げな表情を浮かべた英さんは、遠慮なんて言葉を知らないかのように僕の家に上がり込んでくる。


「先に部屋行ってるからねー」

「いや、僕の部屋なんだけど……」


 ここまで我が物顔で上がり込まれると止めるのもバカバカしくなってくる。


『よお、何しけた面してんだ?』

「英さんがいるときは出てくるなって言っただろ」

『今部屋に向かってていないじゃねぇか』


 どこからともなくタバコを吸いながら現れた、僕によく似た顔をしている男。

 格好も髪型も何もかもがチャラチャラしているそいつは、僕がこの世で最も嫌いな存在だった。


『年頃の男女が密室で二人きり、何も起きないはずもなく……』

「起きないよ。僕は君とは違う。つーか、室内でタバコを吸うな」

『んだよ、ノリ悪ぃな。未来じゃ紅百合が家に来たらヤることは一つだってのに』


 やることは一つ。こいつの言ったやるの意味が下品な意味に聞こえるのは気のせいではないだろう。


「クロ、頼むから黙っててくれ」

『わーったよ』


 クロと呼んでいるそいつは決して僕の家族ではない。

 むしろ同じ血が流れていることが腹立たしいくらいである。


『紅百合の今日のパンツは――』


 背後から聞こえる声を無視しながら階段を上り、自室へと向かう。

 部屋の扉を開けると、そこには僕のベッドで寝転びながら漫画を読んでいる英さんの姿があった。


「お待たせ」

「おかえりー」

「……何で僕の部屋で僕よりくつろいでるんだよ」


 英さんの態度に呆れながらも鞄を置き、制服のブレザーを脱いでハンガーにかける。

 ついでに僕の椅子に乱雑にかけられた英さんのブレザーもハンガーにかけておく。


「仕方ないでしょ。学校でも家でも心が安らぐ時間がないのよ」


 英さんの言葉を聞いて思い出される彼女の日常。

 いつも周りには人がいて、常に笑顔を絶やさない彼女。

 それが全部演技なのだから疲れて当然である。


「猫被るのやめればいいのに」

「やめてるでしょ? 白君の部屋限定だけど」


 このやり取りも既に十回以上繰り返している。

 どうやら英さんにとって僕の部屋は人生における安全地帯のような扱いらしい。


「好きでもない奴に告白されて、角が立たないように断る。こんなんばっかじゃ、ストレスも溜まるわ」

「そんなにクラス内での地位が大事なのかよ」

「当たり前でしょ? 人当たりの良い美少女でいる方が何かと便利なの」


 自分を美少女と言い切る自信に、周囲からちやほやされることを便利と言う性格。

 人には二面性があるとはよく言うが、ここまで極端なのも珍しい方だろう。


「逆に白君は見た目とか気を遣ってる割にそういうの興味なさそうよね」

「僕は人として最低限の身嗜みに気をつけてるだけだよ」


 制服をきちんと着たり、髪や眉を整えたり。

 それこそ最低限ではあるが、周囲に不快感を与えない程度には整えているつもりだ。

 それ以上もそれ以下もない。

 あるとすればせいぜい面倒なことに巻き込まれないようにすること。

 僕はただ平穏無事に日々を過ごせるだけでいい……それはもう手遅れかもしれないが。


『おー、今日も何の進展もなさそうなやりとりしてんなぁ』


 性懲りもなく奴がきた。

 僕の背後にいるであろうクロを睨むと、案の定そこにいた。


『そう睨むなって。ここは俺の部屋でもある。何てたって俺はお前なんだからな』


 僕にだけ見える存在であるクロ。


 彼の本当の名前は白純つくもじゅん

 三十歳のときに死んだらしい未来の僕自身だ。未来の僕やもう一人の僕と呼ぶのもややこしいので、僕は便宜上自分のあだ名であるシロの真逆の色であるクロと呼ぶことにした。

 英さんもいるので黙って首を横に振ると、彼はやれやれといった感じで肩を竦めた。


『いつになったら和解できるのかねぇ』


 そんな日は未来永劫訪れない。

 こいつは僕以外の人間にも見えず、触れることもできない非常に厄介な存在だ。

 とっとと成仏して未来に帰ってほしいものである。


「……虚空を見つめてどうしたの?」


 英さんが怪しげなものを見るような目つきで尋ねてくる。

 クロと話せることは誰にも話していない。


「いや、ちょっと虫がね」


 理由は単純に信じてもらえないか、あるいは気持ち悪がられるかのどちらかだと分かっているからだ。

 そもそもこんな非現実的なことを他人に打ち明けたところで、頭がおかしいと思われるだけだ。


「あんたの周りっていつも虫飛んでるわね」


 英さんは納得してくれたらしく、再び漫画を読み始めた。

 ベッドに寝ころんで漫画を読むというだらしない体勢だが、それでも彼女は様になるほど美しい。さすがは学年一の美少女だ。

 正直、今でも半信半疑なところはある。


 学年一の美少女である英紅百合――彼女が未来じゃ僕とセフレだなんて。


―――――――――――――――――――――

現代の二人の姿はこちら

白純

https://kakuyomu.jp/users/saniki_rio/news/16818093074041610718

英紅百合

https://kakuyomu.jp/users/saniki_rio/news/16818093074041649742

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