第12話 嵐のような女たち 参

数分後。俺たちはみな、床を拭いていた。


「なんでぇ……うぅ……。」


「ま、まぁまぁ……! 元気出してください……!」


上着を青蓮せいれんの持っていた運動着に着替えた水仙すいせんは、煤牛すすうしにそう言ってなぐさめられていた。


「うん……って、あなた誰?」


「あ! アタシ、1年生の煤牛すすうしって言います!」


「煤牛……下の名前は?」


「かんなです!」


「煤牛かんなね。ありがとう、助かったわ。」


「はい……!」


おい。このギャル、俺への態度とまるで違うではないか。俺のほうが拭いた面積広いぞ……。いや、それで言うなら青蓮のほうが面積も回数も群を抜いているが。


「青蓮もごめん。ありがとう。」


「まぁ、いつものことだからね。」


おいおいおい。こうなると俺への敵意があるのは確定だな。いや、もとよりそこを疑ってはいないが。


「……あんたも、悪かったわね……。」


「……!?」


「な、なによ。」


「いや……どういたしまして……?」


「……ふん。」


一体なんなのだこの生き物は。分からなくなってきた。『ツンデレ』か? これが世に言うところの『ツンデレ』なのか? だとすればこの女、属性過多である。


「ところで、煤牛くんは何をしにここへ?」


「あっ! そうだ! 夏瑪なつめに用……というか文句があって……!」


はて。俺に文句とは。まったくもって心当たりがない。これっぽっちもない。


「お前っ!! 騙したなっ!?」


「……なんのことだよ。」


「さっき美術部行ったら、お前のことなんて誰も知らなかったぞ!!」


「まぁ、俺も新入生だし。名前と顔が一致しないんだろ。」


美術部には見学すら行っていないが。


「あ……そっか。それもそうだな……。」


あれ、イケるのか? こんなんで説得されちゃうのか? 我が幼馴染ながら、その純真さには多少の危機感を覚えるぞ。


「おや。美術部にも見学に行っていたのかい、夏瑪くん? 君はウチに入部を決め打ちしたものだとばかり思っていたのだけれど。意外にだね、君も。」


おいおい、この人……!?


「えっ? それ、どういうことですか!?」


「どういったこともないよ。夏瑪くんはすでにこの『生物研究部』の一員となったのさ。私は夏瑪くんが入部を即決してくれたものだと思っていたから、他の部活にも見学に行っていただなんて、少しいてしまうよ。」


「なっ、なんだってぇ!!?」


安藤青蓮……彼女は遊んでいる。まるで、幼い子どもが両手に人形をもって、ぶつけては離し、またぶつけてを繰り返し、ガチャガチャと音を立てて、無垢に、残酷に遊ぶように。俺と煤牛をおもちゃにして、彼女は遊んでいるのだ。


「夏瑪っ!! お前っ……!!」


「な、なんだよ……?」


「……っ! アタシ、ここに入部します!!」


「はっ!?」


「ほう。」


「……ふーん。」


何を言い出すかと思えばこいつ。この文脈だと、『俺を追いかけて入部した』と誰もが思うだろう。彼女は、それが何を意味するか、他人にどういう印象を与えるかを、おそらくまったく考えずに宣言をした。だから、俺はこの場にいる全員の誤解を解くために、説明する必要があった。


「……煤牛。お前、そう言うとまるで『俺の後を追って入部した』と思われるぞ。それに、お前は運動部に入ったほうが良いだろ、どう考えても。」


「……アタシは『夏瑪がいるから』入ろうと思った。どう思われようと、それは事実だ。……運動は部活じゃなくてもできる。」


なんなのだ一体。水仙に加えて、『分からない生き物』がもう1人増えたぞ。しかし、煤牛のこの含みのある言い方は、俺への感情がどうとかいうものではない、別の理由があるように聞える。


「ふふ。まあ、こちらとしては拒む理由は無いからね。歓迎するよ。ね、水仙。」


「……ま、良いんじゃない? よろしくね~。」


「はいっ! よろしくお願いします!」


おやおや、やけにあっさりと入部を許可するではないか。よろしくしちゃってるではないか。……まあ、嫌々言いながらも、しっかりとメリットはあるのだが。


そう。これにて、晴れて『部員人数問題』は解決したのだ。存続危機から始まった『生物研究部』の活動は、まだまだこれからである。

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