双子なんだし、好みも似ているからね

「兄上……」

「なんだい、弟」

「兄上の護衛兵がいない気がするんですが……」


 じっとりと責めるような目を向けられる。


「以前よりも私につける護衛は緩くて良いし、時には自由時間を与えようと思ってね」

「駄目ですって! あの護衛兵は護衛どころか捕食するんですよ!?」

「あっはは、六竜リウロンは面白いねえ」

「笑ってないで!?」


 六竜に両肩を掴まれ、ガクガクと揺らされる。こんなに互いに触れるのも、三年ぶりくらいだ。皇太子時代はまだお互いの宮に行き来していたが、即位してからはめっきりなくなった。

 虎文フーウェンは肩に置かれた六竜の手をそっと握り、下ろさせる。


「良いんだよ。気に食わなければ美花メイファが追い出すだろうし」

「そ、れは、そうですけど……」

「言っておくけど、たとえ飛訓フェイシンがフラれても六竜リウロンのものにはならないからね。美花メイファの眼中にすら入っていないお前ではね、無理だよ」

「兄上、手厳しすぎません?」

「私とお前は、美花メイファの家族だ。家族にしかできない役目というものもある。弟をまっとうしろ、六竜リウロン


 六竜リウロンは口先を尖らせ、不服だという顔をしつつも「へーい」と一応は受け入れる。


「図体は大きくなっても、やはりお前はまだまだ子供だね、六竜リウロン

「……可愛い可愛い弟なんで、可愛がってくださいね」

「さて、それはどうかな。成人もしたし、これからはお前も政治に参加してもらうから、覚悟しておくんだな」

「兄上ぇ……」


 今までは要らぬ噂を立てぬようにするため、お互い距離を置いていた。しかし、その距離が悪意を持った者に付け入る隙を与えてしまったようだ。それであれば参政させ、皇帝の補佐役という地位を確立したほうがいい。


「私を支えてくれよ、六竜リウロン。頼りにしているからね」

「あ、兄上ぇぇぇぇっ!」


 大きな犬のように抱きついてくる六竜リウロンは、こんな王宮の中でも随分と素直に育ってくれたと思う。彼の少し傲慢だが奔放とも言える明るさは、太子という光の中で育ってきたから得られたものだろう。


 だから、彼女にも光に触れてほしかった。

 郷で暮らして、妹が育ってきた景色を知った。

 自分が見てきたものとはまったく違う景色だった。一緒に生まれたから――たったそれだけの理由で、何不自由なく後宮で暮らすはずだった少女は、随分と血生臭く光の当たらない世界で生きなければならなくなった。


 彼女が、その生活をどのように思っていたかはわからない。だが、兄としては彼女に光を浴びせてやりたかった。

 影の世界へと帰ろうとする彼女に、せめて、光の世界へ連れ出す手を与えてやりたかった。


 自分ではきっと出てこないから。無理矢理にでも彼女を引っ張り出してくれる彼を。


「私が選んだ護衛兵だ。美花メイファも好みは一緒だろう」


 双子なのだし。


「さて、私は西充媛のところへ弁解しに行かなければ」


 きっと、彼女を色々と不安にさせてしまった。一時とはいえ、寵妃という立場を失わせてしまったのだし。

 事情は言えない代わりに、誠心誠意謝って愛を伝えて……。


「そろそろ私も子がほしいね」

「兄上ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 歓喜の声を上げてむせぶ弟を連れ、虎文フーウェンは愛する妃がいる桂花宮へと足を向けた。



 

        ◆




 虎文フーウェン六竜リウロンが出て行き、バタンと扉が閉まった。

 白梅宮には、美花メイファ飛訓フェイシンのみとなる。


「……一緒に行かなくて良かったの……皇帝の専属護衛兵じゃない」

「陛下が、俺にここに残れと言われたように感じましたから」

「何よそれ……」


 飛訓フェイシンが肩をすくめたようだ。先ほどから美花メイファは、ずっと飛訓フェイシンの左腕あたりを見ていた。まっすぐに彼の目を見られなかった。だからといって足元に視線を落として、彼を意識していると思われるような態度も取りたくなかった。

 結果、中途半端に視線を逸らすこととなった。


「ぜ、全部聞いたでしょう。私は郷に戻るから、あなたとはこれで最後ね」


 自分を抱きしめる手に、無意識に力が入る。


「本気で虎文フーウェンを守ってくれていたって知って、安心したわ。あなたが護衛兵としているのなら、これからの虎文フーウェンはもう大丈夫ね」


 当たり障りのない話をしているな、と自分でもわかっていた。ただ、何か喋っていないと……間ができるのが今は恐ろしいのだ。


「陛下は、白梅宮は空けておくと……」


 これからどうするのかと聞かれているのだろう。そんなの、訊かずともわかっているだろうに。


「いれるわけないじゃない。私が今ここにいるのだって、虎文フーウェンの身代わりだからっていう理由があったからで……っ。本来、表に出てきたらいけない存在なのに」

「あの夜、あなたが言った『誰にも望まれない』っていう意味がわかりました」

「……あんなの忘れなさいよ」


 自分でも頭を抱えるほどの失態だったのだから。


「あの時も言いましたが……俺が望んでいる。それでは駄目ですか。皇帝としてではなく美花メイファを望んでいる。それでは……」


 視界に入っていた飛訓フェイシンの姿が、少しずつ大きくなる。コツコツと足音が近付いてくる。それでも美花メイファは、彼の顔を見ることができなかった。同じ姿勢で固まって、彼の出方を窺うほかない。


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