なぜか妹ができました

 ユンランはコツリコツリとゆっくりとした歩みで六竜リウロンへと近寄り、重そうな胸を六竜リウロンの胸板にぐっと押しつけて足を止めた。

 大抵の男であれば、これで鼻の下が伸びるのだろうが、六竜リウロンは伸ばすどころか眉間を縮め、目を眇めた。六竜リウロンユンランの肩を押し戻しながら言う。


「俺がどこに行こうが関係ないだろう」

「陛下のところですか?」

「……だとしたらどうした」

「殿下は、近頃はよく陛下の元へ行かれているのですね」


 六竜リウロンユンランに気付かれないよう、口の中で薄いため息を吐いた。

 美花メイファには、疲れは彼女のせいだと言ったが、顔に出るほどの疲労の原因は彼女ではなく、目の前の自分の后妃だ。


「以前は日華殿などまったく近寄りもしませんでしたのに……」


 袖を弱く引っ張られる。

 この甘ったれた仕草を、愛らしいと思ったこともあったのだが。


「弟が兄に会いに行っておかしいことはないと思うが」

「陛下の後宮にも行かれたのだとか。例の新しい寵妃様に会いに行かれたんですね……寵妃様の宮から殿下が出て来るのを見たと、掃除の宮女達が話しておりましたわ」


 六竜リウロンは腕を引き、ユンランの手から袖を引き抜いた。

 あっ、と彼女の手が追うような仕草を見せたが、それよりも早く六竜リウロンは踵を返す。


「殿下っ」

「余計なことを考えず、さっさと寝るんだな」


 六竜リウロンは振り返りもせず、自分の寝殿へと入っていった。




 

        ◆





 弱毒の件が片付いた後も、美花メイファは昼でも白梅宮へと通うようになっていた。

 それもひとえに……。


「誠に申し訳ございませんでしたっ!」


 西充媛が訪ねてくるようになったからだ。

 彼女は、卓に頭を打ち付けんばかりに勢いよく、大仰に、全力で頭を下げていた。花美人として迎え入れた美花メイファは、額を押さえて首を横に振る。


「ですから、その件はもうお気になさらずと前回も伝えましたのに。西充媛様に非はありませんので」


 毒から回復して目覚めたあと、彼女はすぐに白梅宮にやって来て、寝台前の床で額ずいたのだ。自分の侍女がしでかした責任をとって、罰を受けるとまで言って、しばらく床から離れなかった。


「それでもですっ。しかも、まさか知らず知らずのうちに陛下にまで毒を盛り続けていたなど……っ、首を斬られても仕方のない所業です」

「陛下からの、西充媛様には非はないという言葉もお伝えしたはずですわ。すべては轟尚書令と侍女が悪かったのですから」

「で、ですがぁ……」

「はいはい、この件についてはこれで終わりですわ。金輪際、掘り返しませんように」

「花姐姐お姉様ぁ……っ」


 美花メイファは、西充媛の額を柔らかな力で押し上げ、しっかりと椅子に座らせる。ぐすんっと鼻をすすりながらも、煌めく眼差しでこちらを見つめる西充媛に、美花メイファは鼻から静かに息を吐いた。


 どうやら、前回の件で西充媛に懐かれてしまったようだ。

『まるで蝶のように舞い虎の如く侍女を仕留めた。美しくも勇ましいお姿に、わたくし、虜になってしまいました! 是非、花姐姐とお呼びしても!』とは、寝台前で額ずきながら熱く叫んだ彼女の言葉だ。

 その熱さに気圧され、つい『はい』と言ってしまった。


 彼女については色々と疑って探ってみたが、ひとつも後ろ暗いところは出てこなかった。この謝罪も演技ではなく、心からのものなのだろう。後宮ではとても珍しい后妃だ。

 西充媛はキョロキョロと部屋の中を見回す。


「そういえば、花姐姐の宮には侍女がおられないんですね」

「ええ、私、誰かに世話されるというのが嫌いですの。ですから、陛下にお願いして、宮に入るのは必要最低限にしていただいてますわ」


 その陛下も自分なのだが。

 侍女なんか置かれた日には、皇帝と寵妃が同一人物だとバレてしまう。できるだけ人との接触は最低限にして、食事すら部屋の外に置いておくよう指示していた。昼間は日華殿にいることが多く、無人の部屋に踏み込まれては困るのだ。


(本当なら、西充媛様が訪ねてくるのも拒否したほうが良いんだけど……)


「花姐姐……私は迷惑……でしょうか」


 西充媛は肩をすぼめて、上目遣いにくるっとした目で見てくる。


「く……っ!」


 幼い彼女にこんな顔をされると、駄目とは言えなくなってしまう。


「十日に一度くらいでしたら……」

「え、五日に一度ですか?」

「十日に……」

「え、三日に一度?」

「……七日に一度でしたら」

「きゃあ! 七日に一度は花姐姐に会えるなんて光栄ですっ」


 小さな手で頬を押さえ、嬉しそうにくねくねと身体を揺らす西充媛。

 なんか上手くやられた気がする。というか、元寵妃が現寵妃を慕って訪ねてくるという状況は、なかなかの混沌具合なのではないか。


(まあ、七日に一度くらいなら……後宮の情報も色々と聞けるでしょうし。そんなことよりも……)


 美花メイファは、置物のように自分の傍らに立つを、横目で眺めた。


「陛下の護衛はよろしいのですか、飛訓フェイシン様」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る