第17話
教室よりも薄暗い廊下で、壁を背にした広輝に陽菜はいつになく真剣な口調で語り出した。
「まずは、あんたの暴走についてもうちょっと具体的な話をする。あんたが暴走するのには、引金となるような言葉があるみたいで、特にあんたの存在価値を否定するような言葉を聞くとあんたは暴走しやすいみたい。そして、もし暴走してしまったらそれを止められるのは美咲だけ。他の人が抱き着いたり宥めたりしても意味がない。逆にあんたがどれだけ自我を失っても美咲だけは傷つけることはない。なぜかは知らないけど」
陽菜は早口気味で一気にまくし立てた。そして一息ついたかと思うと、大きく深呼吸をする。
「美咲がいつもあんたの傍にいたのは、あんたがいつ暴走してもいいようにと思ってのことだった」
広輝は真剣な目をしている陽菜に対して、力強く頷く。そうすることしか出来なかった。
「それで、美咲はどうしたんだ」
広輝は知らない間に陽菜の焦燥感が移ってしまったかのように、声を上ずらせた。
「美咲は強く振舞っているけれど、あんたが思うよりも遥かに繊細なの」
陽菜はそう前置きすると、再びスマホを操作し広輝に差し出してきた。
「さっきの動画のコメント欄」
渡された画面には、匿名の人々によるコメントが数多く書き込まれている。
そこにあったのは、ほとんどが誹謗中傷の言葉だった。一つは当然、人を殴った広輝に対するもの。そして映像を撮っているだけで桑原を助けなかった撮影者に対するもの。そう言えば誰がこんな動画を撮ったのかという疑問が頭を過るが今は考えている余裕がなかった。
そして最後に最も多いのが、暴れている広輝を止めた美咲に対する誹謗中傷のコメントである。
「どうして?」
広輝は思わず呟いていた。
「私も、どうして美咲が叩かれないと行けないのかと思った」
陽菜が言う。
「でも、コメントをよく読んで」
そう言われなくても、広輝の目は自然とそこに並べたてられた言葉を追っている。
―人殴った奴に対して悪くないは草
―こういう偽善者っぽい人が一番痛いよね。陰で嫌われてるタイプ
―殴った男も殴った男だけど、止めた女が一番やばい。なんか自分が一番可愛いって思ってそう。だから何やっても許されるみたいな。マジでムカつく
そんなコメントがいいねを集めていた。そして画面をスクロールしていくと、どんどん言葉はその鋭利さを増していく。広輝はただ文字を追っているだけのはずなのに、そこからはみ出て悪意に顔を顰めるほかなかった。
―普通にキモイ
―被害者は殴られた人のはずなのに、なんで殴った方が被害者みたいなこと言ってるの。本当に気持ち悪い。こういう自分勝手な奴がまじで消えればいいのに。
―この女死ね
そして、さらに画面を下った所で広輝は目を見開いた。
―特定完了~
そうやってコメントされた下に、美咲の名前や学校名、SNSのアカウント名が全て記載されている。どうやらそれは広輝も同じようで、自身の携帯を開くと早速ダイレクトメッセージが幾つか届いていた。
突然、スマホの画面が震え始める。それが自身の手が震えているからだと気づくのに数秒かかった。
「たぶん美咲は、こんな誹謗中傷の言葉を真に受けて落ち込んでいるはず。あの子、純粋だから」
陽菜の声が震えていた。
「美咲と連絡は?」
広輝が聞くと、陽菜は首を横に振った。その瞼の端には涙が浮かんでいる。
そのとき、頭の奥で美咲の言葉が蘇って来た。美術室で言われた、あの言葉である。
「人間の価値は、その人が何を選択するかで変わる」
その瞬間、広輝は向きを変えると駆け出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます