第54話 日銀破壊

太郎は、日本銀行の前で堂々とテレビ局の取材を受けていた。

「……それで、あなた方は日本銀行を占拠して、何をするつもりなのですか?」

震えながら問いただすリポーターの前で、太郎は宣言する。

「我々は新札のデータと日本銀行総裁印、印刷機械などはすべて我々が接収させていただいた。現在、日本円の通貨発行権は我々の元にある」

ネットに、テロリストの手に渡った新札の原板と総裁印の画像が晒される。

「だが、我々は日本を破綻させようとは思っていない。我々との間に講和が成立すれば、通貨発行権を日本に返還できる用意がある」

「そ、その講和とは……?」

その問いかけに、太郎はテレビカメラに向かって講和の条件を提示する。

その内容は、領土の割譲や奴隷として日本人の若者を要求するなど、いずれも日本にとっては不利なものばかりで、テレビを見ていた国民たちは激怒した。

「ふざけるな。こんなの不平等条約じゃないか」

「奴隷だなんて、認められる訳がない」

怒りの声をあげるテレビの前の視聴者たちに向かって、太郎は言い放つ。

「受け入れられないのなら、全面戦争を開始する。日本のの各都市が破壊されつくされ、現在の政府が崩壊するまで、我々の攻撃は終わらないだろう」

「そんな……」

太郎たちによって、東京の中心部が破壊されたことを思い出して、国民たちは恐怖に震えた。

「日本は民主主義国であると聞く。ならば、国民の意思で無駄な戦争を止めることもできよう。第二次世界大戦の敗戦の時のように、決定的な破壊と制裁を受けた後でないと目が覚めないといったことがないよう、国民たちには期待する。では、撤収!」

太郎の姿は、テレビカメラの前からふっと消える。同時に印刷局を占拠していた土屋たち別動隊の姿も消えた。

「いなくなった……だが……これからどうすればいいんだ……」

解放された局長は、荒らしつくされた印刷局の中を見渡して絶望する。新札の紙幣をつくるための機械はすべてテロリストたちによって持ち去られ、旧式の紙幣を作れる設備も破壊されている。

「これじゃ……日本政府は紙幣を作れない。紙幣発行ができなくなって急速なデフレに陥るか、あるいは奴らが無制限に紙幣を乱発してハイパーインフレになるか……いずれにしろ、『心臓』を奪われた政府は終わりだ」

彼の認識は、すぐに日本国民全員に共有されることになるのだった。


日本銀行がテロリストに占拠され、通貨発行権が奪われたというニュースは、瞬く間に全世界に広まった。

政府は新札の流通を阻止して無かったことにしようとしたが、すでに一部の銀行には本物の紙幣として発行済みの新札がいきわたっていた為、今更無効にすることはできない。

「今日が新札の発行日だっていうから、交換してもらおうと銀行にいったのに、どうなるんだ?」

「え?これかどうなるの?まあ、今使っているお金が普通に使えるから、別にいいか」

最初のうちは。日本国内では新札の発行が遅れるだけで自分たちには関係ないと危機感を感じていない国民も多かったが、このニュースがもたらした衝撃は海外のほうが大きかった。

「日本の新札のデータが、すべてテロリストに奪われてしまったということは、これから偽札を刷られまくるということだ」

「もう日本円は信用ならない。今後、我が国との両替は断らせていただこう」

『紙幣の価値』とは、発行国がその価値を認め保証するという信用があってこそ成り立つもので、それが訳の分からないテロリストが自由にいくらでも作れるようになったということになれば、他国からその価値が認められなくなる。

日本は新札に切り替える際、何年も他国と協議してそれぞれの国の通貨と交換してもらえるように同意を取り付けてきた。それが一瞬でふいになったのである。

「日本円には価値がなくなるぞ!」

「ただの紙切れになってしまうぞ」

新札の他の通貨への両替が断られたことにより、日本円の価値は地の底まで落ちてしまい、一日で一ドル300円台まで円安が進んだ。

「これは、どうなっているんだ。このままの状況が続くと、輸入ができなくなってわが社は破綻だ!」

経済界からは、急激な円安によって被害を被った企業から悲鳴がある。特に日本は食料の大部分を輸入に頼っているので、急激な円安は物価を高騰させ、ガソリン価格が一リットル400円まで値上がりした。

輸入が縮小され、ガソリン高のために物流が破綻したので、街中から食料を含めたあらゆるモノが姿を消す。

治安が悪化して、街中にはデモ隊や暴徒たちが騒乱を起こした。

「このままじゃ生活ができなくなる」

「政府はあのテロリストをなんとかしてくれ」

ついにテロリストたちによって自分たちの生活まで脅かされてきたので、国民たちは政府を責めるが、もはや警察も自衛隊もまともに機能をしていない。

「政府はいざとなったら俺たちを見捨てるぞ」

「なんでやっすい給料しかもらってないのに、命までかけてテロリストと戦わないといけねえんだ。やっていられるか」

自衛隊員や警官の命を無視して爆撃を行ったことですっかり信用を無くしてしまい、彼らは政府の言うことをまともに聞こうとしなくなっていた。

それでも岸本首相は、頑なにテロリストと講和しようとはしない。

「いいから、なんとかして奴らを倒せ!」

周囲に向かってそう怒鳴りつけるだけである。民心は日本政府からどんどん離れつつあった。


とある料亭

そこには、日本の未来を憂慮する議員たちが、与党野党の区別なく集まってこれからのことを相談していた。

「これから、どうすればいいんだ。あのテロリスト太郎に通貨発行権を奪われてしまった」

一人の議員が、絶望のあまり頭を抱えている。

「日本銀行から紙幣を発行できない以上、予算の執行にも支障がでる。このままじゃ銀行が現在保有している紙幣もすぐに枯渇してしまい、来月の公務員への給料や、年金の支払いもできなくなる」

「しばらくは電子マネーなどのキャッシュレス決済を推奨することでごまかすことができるが、銀行から現金紙幣が引き出せない以上、そんなものは長く持たない」

キャッシュレスでの商取引が成立するのは、いざとなったら現金として引き出せるという「保証」を元にしているからである。それができなくなると、一気に信用を無くしてしまい、人は現金以外何者も信じられなくなる。

「すでに一部の銀行では、預金の引き出しが殺到している。今の高齢者たちは、戦後の混乱期に起きた預金封鎖を体験していたり親から聞かされているので、資産防衛に動いているのだろう」

銀行に預金残高という「データ」で金を預けていると、ある日突然その預金が引き出せなくなり、没収されて消滅してしまうということが国の混乱期にはある。それで今のうちに引き出して、金などの現物資産に変える動きが広まっていた。

「それだけではなく、新札の発行技術をK国やC国に譲渡されたら……日本は終わりです。独立すら保てなくなり、本当に滅亡してしまうかもしれない」

他国が好き放題紙幣を発行して、日本の資産を買い占めるといった事態を想像して、議員たちの背筋が凍った。

「やはり、山田太郎との交渉を拒否している岸本首相には退陣してもらうしかない」

こうして、党派の枠を超えた超党派議員集団が結成させる。彼らは団結して、串本首相に退陣を要求するのだった。

退陣を勧告された岸本首相は、頑なに拒否する。

「嫌だ。あのテロリストを倒して日本を守るため、私は絶対に退陣しない。進め日本!一億火の玉国土防衛だ!」

血走った目をした岸本首相は、権力の座に固執して頑として首を縦に振らない。

「では仕方ありませんな。山田太郎と講和するか、徹底抗戦をするか解散総選挙を通じて国民の真意を問いましょう。内閣不信任案を提出させていただきます」

こうして、日本の将来を左右するであろう総選挙が開始されることになるのだった。


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