第34話 二次元VS三次元
千儀は倒れた太郎を、冷たく見下ろす。
「あばよ。他の住人も皆殺しにしてやるから、あの世で待っているんだな」
そう背を向ける千儀だったが、後ろで動く気配がする。
振り向くと、太郎が空間の穴をあけて、真っ黒い剣をとりだしていた。
「まだあがく気か。そんな剣なんてとりだして、どうするつもりだ」
身構える千儀に対して、太郎はニヤリと笑いかける。
「こうするのさ」
次の瞬間、黒い剣を振るって、自らの首に突き立てた。
自らの影についた傷と寸分たがわない所を傷つける太郎に、千儀は眉を顰める。
「なんのつもりだ。自害のつもりか?」
「あいにく、そうじゃないさ」
太郎は亜空間格納庫から完全治療薬であるエリクサーをとりだして、傷口に塗り付ける。勢いよく噴出していた血が、一瞬で止まった。
同時に、影から出る出血も止まる。
「なに?」
「お前がつけた傷口は、影ー二次元に属するものだろう。ならば、自ら同じ個所の実体に傷をつけて、三次元に所属する傷で上書きすればいい。そうすることで傷が同期し、治療薬が効くようになる」
そういうと、他の場所も自分で傷をつけ、エリクサーを振りかける。出血がどんどん止まっていった。
「くそっ!」
「今度はこっちの番だな。『次元剣』」
太郎は真っ黒い剣を構え、千儀に向きなおる
「『暗黒次元突』
「ぐはっ」
太郎の放った一撃が次元を超えて二次元に達し、影である千儀の体を貫く。
倒れた千儀は、元の厚みをもった人間に戻っていった。
「お前も俺と同じ「空間魔法」の使い手だ。ただお前が二次元にたいし、俺は三次元で使える。勝負を分けたのはその差だ」
倒れた千儀に対して、太郎は告げる。
「はぁっはぁっ……くっ、殺せ」
そう顔を背ける千儀に対して、太郎は意外にも笑顔を向けた。
「誰がお前みたいな貴重な人材を殺すかよ。もったいない」
そういうと、太郎はエリクサーを千儀に振りかける。彼が負った傷は、あっという間に治癒されていった。
完治した千儀は、ざっと飛びずさって警戒する。
「……なんのつもりだ」
「なあ、ちょっと大人の話をしたいんだがな。一杯付き合わねえか?」
そういうと、太郎は異世界から持ち帰った最高級の酒をとりだして千儀を誘うのだった。
闘技場に二人の青年が座り込んでいる。。さっきまで死闘を繰り広げていた太郎と千儀は、ただ無言で酒を飲み交わしていた。
「……美味いな」
「そうだろう。異世界シャングリラの王城に長く保管されていた、神聖暦1080年もののワインだぜ。王にだまってちょろまかしてきたんだ」
太郎はそういって自慢した。
「誰の命令で俺を襲った?」
「……なんのことだ?」
「とぼけても無駄だ。お前は異世界管理局のメンバーだろう」
それを聞いて、千儀は意外そうな顔をした。
「俺たちのことを知っているのか……」
「ああ、鬼族である茨木曹長からだいたいのことを聞いている。異世界から異能をもって帰還し、現代社会から異端視された者たちを管理している自衛隊の部署があるとな」
「あいつ……裏切っていたのか」
太郎の手がすでに異世界管理局の内部まで及んでいたことを知って、千儀は憮然とする。
「それで、お前に与えられた階級は?」
その問いに、千儀は不満そうに答えた。
「……三尉だ」
「マジかよ。お前ほどの手練れにしちゃ、低すぎるだろうが。日本政府も見る目がねえな。防衛大出のポッとでの新任士官程度の階級しか与えられないなんて」
太郎の言葉に、千儀は顔をしかめた。
「…俺たち「異世界帰り」は、所詮は日本政府の囚われ人だ。一番高い階級の奴でも、一尉にすぎん。高い階級と権限を与えると、反逆の恐れがあるとな。だからどんなに手柄をあげても、出世できないんだ。それどころか、戸籍を抹消されているので結婚すらできない。ああそうさ。俺は一生童貞のままなんた!」
血を吐くような思いで叫ぶ千儀を、太郎は憐れみの目で見つめた。
「気の毒にな。三尉といっても所詮は使い捨ての道具。大した金ももらってないだろう。自衛隊の装備や兵器のリベートや賄賂でいい目をみるのは上官だけ。お前たちは一生薄給でこきつかわれるだけの人生だな」
「何がいいたい」
千儀は太郎を睨みつける。
「別に。だた、そんな人生に不満はないのかと思ってな」
「不満だらけさ。でも、俺たちには現代社会に居場所がない。すでに戸籍も経歴も抹消されていて、家族にも会えない。反抗しても国の力で潰されてしまう」
暗い顔をする千儀。その顔には、現代社会に受け入れられない鬱屈が溜まってた。
「もったいないな。俺ならお前をもっと評価できるのに」
「ふん。何をバカなことを」
「馬鹿なことじゃないさ。もしお前が俺に協力してくれれば、貴族にしてやってもいい」
それを聞いて、千儀は思わず笑ってしまった。
「ははは。貴族か……」
「俺は結構マジで話しているんだぜ。どんな国の貴族だって、その初代はそれまでの政府を裏切って新たな国を建てた王への協力者だったんだ」
そういうと、太郎はニヤリと笑って千儀を見つめた。
「もちろん地位だけじゃなくて、領地も金も権力も女も好きなだけくれてやる」
そういうと、太郎は亜空間格納庫から札束と金銀財宝をとりだして、千儀に差し出した。普通に公務員として勤めていたら決して手に入れられない眼もくらむような財宝に、千儀の喉がごくっと鳴る。
「もちろん。今は貴族なんて名乗っても、誰にも認められない自称に過ぎないだろう。だが、俺が日本を征服して、新たな国を建てたことが世界中に認められれば、公然と認められる地位になる」
太郎の顔は真剣だった。
「お前は本気で自分の国を建てるつもりなのか?」
「ああ。マジのマジだ」
「壮大な夢だな……でも、魅力的な夢だな。俺も召喚された世界に残っていれば、あるいは……」
以前召喚された異世界の王国での、貴族たちの生活を思いだして、千儀の顔に憧憬が浮かぶ。
「今からでも遅くないさ。俺に協力して「貴族」になって、共に栄華を極めないか?」
「……いいだろう。このまま公務員で薄給でこき使われ、結婚もできずに一生日陰の存在で、老後にわずかばかりの年金をもらうだけの人生なんかより、お前の夢にかけてみよう」
太郎から差し出された手を、千儀は取る。こうして太郎は仲間を手に入れたのだった。
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